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【改訂版】 ちょっといいエピソード ── 春採湖畔にある我が故郷釧路の老舗蕎麦屋のことを書いてみる

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さえき奎(けい)
雲を消して行く飛行機雲(その3)「雲を消して行く飛行機雲(その3)」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f11, 1/250sec., ISO100, WB:Daylight
 「消滅飛行機雲」というのは、実は穴あき雲の一種だ。英語で飛行機雲を"Contrail"と表記するが、消滅飛行機雲は"Distrail"となる。つまり「痕跡」や「軌跡」という意味の"Trail"に「協調・肯定」と「排他・否定」を意味する"Con"あるいは"Dis"という接頭辞が付いた単語ということなんだが、この辺り欧米語の構造はシンプルで分かりやすい。"Distrail"の訳語が「消滅飛行機雲」というのもイマイチなんだが、もう一つの逐語訳的「反対飛行機雲」よりは余程ましだと思う(「反飛行機雲」ならまだしも「反対飛行機雲」では、あまりにも国語センスが欠如していると言わざるを得ない)。まあ、それはともかくとして、この画像には3本の消滅飛行機雲が写っている。画像の下辺中央やや左寄りから左辺中付近へややカーブしながら斜めに横切るものが1本、帯状の高積雲の上辺付近に沿ってDistrailが2本確認できると思う。

 以前の記事で何度も書いたが、北海道は日本有数の海の幸、山の幸の味覚を楽しめるところだ。このことについては誰も異存がないだろう。その中でも我が故郷釧路は、群を抜いて美味いものがわんさかとある街である。ラーメンもある、勝手丼もある、寿司も旨い、炉端焼きはいうまでもない、知る人ぞ知る釧路人のソウルフード泉屋総本店のスパカツなどなど、枚挙に暇がないほどだ。(参照:釧路市レストラン「泉屋」のスパカツ ── こんな日は、故郷のソウルフードを再現してみるのもいい

 そして、もう一つ忘れてならない名物が蕎麦である。そもそも蕎麦の本場は北海道である。観光地の街道沿いに、蕎麦一杯で二千円もぼったくるような店が軒を連ねる、自称蕎麦処を標榜する某県とは本質的に異なる真の意味での蕎麦処である(年収穫量は約1万8千トンで某県の約8倍、全国シェアは50%超)。釧路人はラーメン愛の人たちだが、同じように蕎麦も愛しているのだ。

 その「釧路の」というより、北海道でも老舗中の老舗の蕎麦屋が明治7年創業の「竹老園東屋総本店ちくろうえんあずまやそうほんてん」だ。初めて目にした人は、まずその蕎麦の色に驚くと思う。きれいな翡翠色をしている。もちろん茶蕎麦ではない。茶蕎麦は茶蕎麦として別にある。市内には26店ほどの暖簾分けされた店が営業しているから、釧路で食べる蕎麦はこの翡翠色がデフォルトといってよい。俺を含めて釧路人は「蕎麦とはこういう色をしたものだ」と刷り込みがされてしまっているのだ(笑)。


「定番メニューのもりそば」 更級の新蕎麦をイメージしてクロレラで翡翠色に着色されている。釧路人にとっては、これがノーマルでデフォルトな蕎麦の色だ。
画像出典:竹老園 東屋総本店公式ホームページ

 その辺りのことを語り始めると話が尽きそうもないので、そろそろ本題に移らせてもらうことにする。今を去ること六十余年、昭和天皇は、終戦直後の昭和21年(1946年)2月から約9年をかけて日本全国を巡幸、国民を慰め励まされた。そして昭和29年(1954年)8月16日のこと、その一環として来道された両陛下は釧路へとお出ましになった。御宿は釧路市内の「六園荘」という老舗の料亭で、そこから東家三代目伊藤徳治の元へ、両陛下に蕎麦を御膳上げしてほしいとの要請があった。六園荘の調理人が腕によりをかけて誂えた会席料理は、めふん(雄の鮭の血腸[腎臓]を使って作る塩辛で珍味とされる)和え・三平汁・ほっけの刺身・さんまの塩焼き・タラバガニなど十二品。そのコースの〆として伊藤が打った「蘭切りそば」(卵黄を練り込んだ蕎麦なので"卵"を洒落て"蘭"に置き変えたネーミング)を御膳上げするという大任である。以下、ドキュメンタリー風にその時の様子を再現してみたいと思う。

 当初はコースを御膳上げにと考えていたが、宮内庁主膳部の内規によって生姜、酢、わさび、葱の薬味は全てご法度となり、茶そばに使う抹茶も昂奮作用があるということで、献立は「蘭切りそば」と薬味として大根おろしのみということになった。夕餉が始まり、調理場に控える徳治。やがて支配人が顔を見せ、徳治の姿を認めるなり「伊藤さん!」と呼びかけた。つかつかと歩み寄りながら、真剣な面持ちで「伊藤さん、陛下が、陛下が・・・」と繰り返す。この時の伊藤徳治の胸中はいかなるものであったであろうか。「嗚呼、俺は一体何をやらかしたんだ。東家も俺の代でおしまいか・・・」などと悲嘆にくれたであろうことは想像に難くない(というこの"くだり"については、あくまでも筆者の想像、つまりフィクションであることをお断りしておく)。

 支配人は伊藤の前まで来ると「陛下が・・・」と繰り返し「陛下が、お代わりを所望しておられます」と結んだ。徳治は、自分の打った蕎麦を御膳上げするばかりか、陛下がお代わりを召されるというというこの上ない栄誉に与った感激の涙で、しばらくの間眼を開けることが出来なかったという。釧路人なら誰もが知っている、ちょっといいエピソードである。



画像上:竹老園 東屋総本店
画像下左:両陛下に御膳上げされた「蘭切りそば」。現在もメニューにあってオーダー出来る。
画像下右:変わらぬ人気メニュー「そば寿司」。
画像出典:竹老園 東屋総本店公式ホームページ

 現在の竹老園東屋総本店は市内の春採湖畔に建つ、二代目伊藤竹次郎が隠居後の住まいとして建てた屋敷を改装した店舗で、立派な庭園もある。「竹老園」の名はそのことに由来する。俺の母校は、現在は近傍の別の場所へ移転したが、この竹老園東屋総本店からほど近い春採湖を望む丘の上にあって、卒業アルバムの集合写真はこの庭園で撮影するのが慣例となっていた。そういう意味でも、懐かしく思い出深い場所である。





     "春採湖のローレライ"は、いつの間にか僕の漕ぐボートに乗っていたんだ。あまりにも美しく眩しくて、このまま湖に呑まれてしまってもかまわないと本気で思ったんだよ。

ヤバいってグラリくらくら春採はるとりボートの上の夏服の  (まるひら銀水)





出典:「しーちゃんと僕 ── 春採湖のローレライ」
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さえき奎(けい)
Posted byさえき奎(けい)

Comments 12

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さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: 竹老園

イオママさん、こんにちは。いつもご支援ありがとうございます。

> 一昨日、偶然YouTubeで
> 竹老園を見ていました。

そうでしたか。何たる偶然(笑)。やっぱり運命の・・・(笑)。

> いつか竹老園!行く!
>
> ( ´ ▽ ` )ノ

是非是非。で、晩は炉端、翌朝は勝手丼、昼はまるひらのラーメンをどうぞ(笑)。

2021/06/14 (Mon) 20:39 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: ぼったくり蕎麦屋

くうみんさん、こんにちは。いつもコメントありがとうございます。

>  蕎麦一杯で2千円というのは、どこだか知りませんが、東京の蕎麦もひどいもんですよ!
>  ざるそばは2枚頼むのが通…なんて言っていますが、要するに1枚じゃ全然足りないということです。ざるそばを頼むと蕎麦がせいろの上に一本ずつ並べてあります。これで一杯千円なんて、ぼったくりもいいところです。

私も記事にしたことがあります。老舗とか有名店と言われる店ほど阿漕ですね(笑)。
ざるそばは簀の子が透けて見えますし、温かいそばなら、箸の三すくいでおしまい
です(笑)。「蕎麦で腹一杯になろうって了見からして間違ってる」なんて阿呆な
ことを抜かす自称「通」もいるので救いようがありません(笑)。

>  陛下がお召し上がりになった蕎麦、食べてみたいです。

道東方面へ旅行の節には是非どうぞ。写真でもおわかりいただけると思いますが
量は大変リーズナブルですし、両陛下に御膳上げされた「蘭切りそば」は900円、
ひすい色の「もりそば」は700円です。

2021/06/14 (Mon) 19:38 | EDIT | REPLY |   
イオママ  
竹老園

こんにちは。

一昨日、偶然YouTubeで
竹老園を見ていました。

いつか竹老園!行く!

( ´ ▽ ` )ノ

2021/06/14 (Mon) 09:54 | EDIT | REPLY |   
ひねくれくうみん  
ぼったくり蕎麦屋

 蕎麦一杯で2千円というのは、どこだか知りませんが、東京の蕎麦もひどいもんですよ!
 ざるそばは2枚頼むのが通…なんて言っていますが、要するに1枚じゃ全然足りないということです。ざるそばを頼むと蕎麦がせいろの上に一本ずつ並べてあります。これで一杯千円なんて、ぼったくりもいいところです。
 陛下がお召し上がりになった蕎麦、食べてみたいです。

2021/06/13 (Sun) 21:20 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: タイトルなし

くろすけさん、こんにちは。いつもコメントありがとうございます。

腰の調子はいかがですか?

> 消滅飛行機雲ってのも面白いですよね。消滅させながらアピールしていくのですから。。。(*^^*)

そうなんです。ポジではなくネガとしてアピールするという(笑)。

> ラーメン通でも蕎麦通でもありませんが、自分にとって美味しく感じるものなら、邪道と言われても好きなものは好きなくろすけです。

私も同じです。自分から「俺は通だ」なんていう人間にろくな者はいませんよ(笑)。
「俺はおたくだ」という人間にもろくなヤツはいませんが(笑)。実を言うと、私は
温かい蕎麦の方が好きなんです(笑)。蕎麦屋に行っても、季節に関係なく大体温かい
蕎麦をオーダーします。「蕎麦通」人間からすると「鼻で笑われる」レベルです(笑)。

> 先日の山旅最終日に、滝を観賞した後、久々に手打ち蕎麦頂いてきました。
> 秘湯の湯でご一緒になった方が、その滝を見に行くなら、目の前にあるお蕎麦屋さんがお勧めよと教えてくれたから。。。お店の雰囲気も凄く良かったし、蕎麦も勿論美味しく大満足でした。

それはよかったですね。奥秩父でもずいぶん手打ち蕎麦の店に入りましたが、なかなか
美味い店には巡り会えません。大体、蕎麦は美味くてもつけ汁がイマイチだったりする
ケースが多いですね。そしてどこでも量が本当に少ない(笑)。

> 翡翠色の釧路蕎麦、北海道に行ったら是非とも食してみたいです。(*^^*)

知床連山、阿寒連山へ遠征される際には是非どうぞ。でも一食だけでしたら、まずは
まるひらのラーメンをおすすめします(笑)。

2021/06/13 (Sun) 19:15 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: 蕎麦

遠音さん、初めまして。ご来訪ありがとうございます。

> 今日は釧路のことを一杯書いて下さってありがとう存じます。
> とても嬉しかったデス!

歳を取ると望郷の念が募りますね。最近は、心なしか故郷関係の記事ばかり書いて
いるような気がします(笑)。

> お蕎麦のことも・・いま弟子屈・・川湯付近では蕎麦畑が
> 広大に広がり・・新そば祭りなどが行われ・・無いですね・・・
> コロナですもんネ  故郷を釧路に持つこと自体なんと贅沢な!
> って思いますよ。  ではお元気で 遠く釧路湿原より。

ということは同郷の方ですよね。釧路町、鶴居村、あるいは川上郡方面でしょうか。
「釧路が故郷であることの贅沢さ」実感すると同時に誇りに思います。素晴らしい
ところで生まれ育って幸せだったと感じています。

ありがとうございました。

2021/06/13 (Sun) 19:14 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: タイトルなし

がちょーさん、こんにちは。いつもご支援ありがとうございます。

> 記事も拝見しました。
> 蕎麦は私も大好きですよ

そうでしたね。時々記事をお見かけしています。

> 昔は福島の山奥まで遠路遥々片道4時間近くかけて蕎麦を食べに行ったものです(笑)最近はそこまでめんどくさくなったので慈光寺蕎麦を年に2回食べてましたよ

新潟も蕎麦処ですから、わざわざ遠征する必要はないでしょう(笑)。

> これから暑くなると素麺や蕎麦が美味しいシーズンにもなりましたね☆
> ご支援もありがとうございます。

そうですね。汗をかきかき熱々のラーメン食べるのもいいものですが(笑)。

2021/06/13 (Sun) 19:14 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: 素晴らしい。

オグリン♪さん、こんにちは。いつもコメントありがとうございます。

> 昭和天皇の食に関する本はタクサン出ています。
> 和田誠氏の『昭和天皇のお食事』など、あれこれ読みました。

昭和天皇から今上陛下まで三代にお仕えした料理番の方ですね。私も読みました。

> で、すべてに共通される事、それは、ご所望が異常に少ないことです。
> 特定のモノ、人を特別扱いしない配慮らしいのですが・・・。
> それでも、稀に、ご所望がある、それは名誉であり、超特別な事なのです。
> 良いお話です。

おっしゃるとおりですね。実はこのエピソードですが、私が故郷にいた頃には店の
お品書きの裏面にも書いてあったのですが、色々な事情があったのかいつの間にか
消えてしまいました。おそらく若い釧路人は、知る人も少なくなっていると思った
ことがこの記事を書いたきっかけなんです。

うれしいコメントをありがとうございました。

2021/06/13 (Sun) 19:13 | EDIT | REPLY |   
まっ黒くろすけ  

消滅飛行機雲ってのも面白いですよね。消滅させながらアピールしていくのですから。。。(*^^*)

ラーメン通でも蕎麦通でもありませんが、自分にとって美味しく感じるものなら、邪道と言われても好きなものは好きなくろすけです。
先日の山旅最終日に、滝を観賞した後、久々に手打ち蕎麦頂いてきました。
秘湯の湯でご一緒になった方が、その滝を見に行くなら、目の前にあるお蕎麦屋さんがお勧めよと教えてくれたから。。。お店の雰囲気も凄く良かったし、蕎麦も勿論美味しく大満足でした。

翡翠色の釧路蕎麦、北海道に行ったら是非とも食してみたいです。(*^^*)


2021/06/13 (Sun) 11:04 | EDIT | REPLY |   
遠音  
蕎麦

さえき奎(けい)さま 初めまして。
今日は釧路のことを一杯書いて下さってありがとう存じます。
とても嬉しかったデス!
お蕎麦のことも・・いま弟子屈・・川湯付近では蕎麦畑が
広大に広がり・・新そば祭りなどが行われ・・無いですね・・・
コロナですもんネ  故郷を釧路に持つこと自体なんと贅沢な!
って思いますよ。  ではお元気で 遠く釧路湿原より。

2021/06/13 (Sun) 09:32 | EDIT | REPLY |   
がちょー  

記事も拝見しました。
蕎麦は私も大好きですよ
昔は福島の山奥まで遠路遥々片道4時間近くかけて蕎麦を食べに行ったものです(笑)最近はそこまでめんどくさくなったので慈光寺蕎麦を年に2回食べてましたよ

これから暑くなると素麺や蕎麦が美味しいシーズンにもなりましたね☆
ご支援もありがとうございます。





2021/06/13 (Sun) 08:58 | EDIT | REPLY |   
オグリン♪  
素晴らしい。

昭和天皇の食に関する本はタクサン出ています。
和田誠氏の『昭和天皇のお食事』など、あれこれ読みました。
で、すべてに共通される事、それは、ご所望が異常に少ないことです。
特定のモノ、人を特別扱いしない配慮らしいのですが・・・。
それでも、稀に、ご所望がある、それは名誉であり、超特別な事なのです。
良いお話です。

2021/06/13 (Sun) 01:03 | EDIT | REPLY |   

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