FC2ブログ

Another Spring / また来る春 ── クリスティーナ・ロセッティの詩を読んでみる 第8回

10 Comments
さえき奎(けい)
やさしい光、やわらかい雲 #1「やさしい光、やわらかい雲 #1」 Canon EOS 5D Mark II, EF 24-105mm F4L IS USM, f11, 1/60sec., ISO100, WB:Daylight
ロールパンかコロネか、はたまたクロワッサンか・・・。俗人なので食い物にしか見えないのです。

やさしい光、やわらかい雲 #2「やさしい光、やわらかい雲 #2」 Canon EOS 5D Mark II, EF 24-105mm F4L IS USM, f11, 1/60sec., ISO100, WB:Daylight
このやわらかい光を演出しているのは、全天に広がったディフューザーの役目をしている巻層雲だ。

 今回は、敬愛するクリスティーナ・ロセッティが27歳の時の作品で、春にちなんだ有名な一篇をご紹介させていただきたいと思う。"Another Spring"とは「次に訪れる春」あるいは「新たな春」くらいの意味であるが、何故彼女がこれほどまで「次に訪れる春」を切望していたのか、この一篇から彼女の心境を汲み取っていただければと思う。高校生だった頃から俺のお気に入りの作品なんだが、そのあまりの切なさに、読んだその夜は必ず深酒になってしまうという一篇なんだよね(笑)。
 拙訳を載せようという野望もあるにはあったが、三本の名訳の前には沈黙するしかなかった(笑)。どれを掲載すべきか、かなり躊躇したが、結局一本に絞ることは出来なかった。かなり長くなるが、原詩とともに三者三様の名訳を楽しんでいただければ幸いだ。


"Another Spring"

Christina Rossetti

If I might see another Spring,
I'd not plant summer flowers and wait:
I'd have my crocuses at once,
My leafless pink mezereons,
My chill-veined snow-drops, choicer yet
My white or azure violet,
Leaf-nested primrose; anything
To blow at once, not late.

If I might see another Spring
I'd listen to the daylight birds
That build their nests and pair and sing,
Nor wait for mateless nightingale;
I'd listen to the lusty herds,
The ewes with lambs as white as snow,
I'd find out music in the hail
And all the winds that blow.

If I might see another Spring ─
Oh stinging comment on my past
That all my past results in "if" ─
If I might see another Spring,
I'd laugh to-day, to-day is brief;
I would not wait for anything:
I'd use to-day that cannot last,
Be glad to-day and sing.



「また来る春」

クリスティーナ・ロセッティ

また来る春に会えるなら
夏の草花植えこんで 花を待つのはよしましょう
クロッカスがまもなく咲いて
葉のないピンクのおにしばり
冷たい葉を持つ雪の花 それよりもっと
白いろや空いろの 菫の花
葉が群れつどう桜草
すぐ咲く花を選びます

また来る春に会えるなら
巣をつくり つがいを見つけ 歌うたう
昼間の鳥を聞きましょう
連れ合い持たぬ小夜鳴き鳥は待ちません
生き生きとした家畜の群れや
雪のように真っ白な 子羊を連れた雌羊や
降り来る霰や吹く風に 楽しい調べを見つけ出す

また来る春に会えるなら
「もしも」で終わった私の過去の
鋭い批判となるでしょう
また来る春に会えるなら
今日という日に 短い今日に 笑うでしょう
何にも待つことしないでしょう
あっという間に暮れて行く 今日を私は過します
今日を喜び 歌います



(羽矢謙一 訳)

出典:羽矢謙一著 『また来る春に会えるなら ロセッティ詩集』所収 (サンリオ 昭和56年/1981年刊)


「もう一度の春」

クリスチナ・ロセッティ

もういちど、春に会えたら
夏の花を植えて、待ったりはしない
わたしはすぐに、クローカスを咲かす
葉のないピンクのメジリオン
冷たい葉脈ようみゃくのスノードロップ、もっとすてきな
白か空いろヴァイオレット
葉にくるまったプリムローズ、なんでも、
おくれず、すぐさくものを

もういちど、春に会えたら
わたしは昼の小鳥を聞こう
巣作り、つがい、さえずる小鳥を
相手のいない、ナイチンゲールを待たず
元気な牛の啼声を聞こう
まっ白な子供を連れた雌羊も、
霰の中に、吹く風のすべてに
歌の調べを見出そう

もしも、もういちど、春に会えたら ──
ああ、私の過去を突き刺す言葉
過去がみな、「もしも」で終わるなんて ──
もしか、もういちど、春に会えたら
今日という、その日を笑おう、束の間の今日を
何も、もう、待ったりせずに、
短い命の、今日を生きよう
今日こそ楽しみ、そして歌おう



(岡田忠軒 訳)

出典:岡田忠軒著 『純愛の詩人 クリスチナ・ロセッティ 詩と評伝』所収 (南雲堂 平成3年/1991年刊)


「も一度 春に」

クリスチナ・ロセッティ

も一度 春にあへるなら、
夏咲く花は植ゑませぬ。
すぐ植ゑませうサフランか
葉なしべに花メゼレオン、
肌も冷たい まつゆき草、
それより白かあをすみれ、
葉にかこまれた櫻草、
すぐ咲く花を植ゑませう。

も一度 春にあへるなら、
つがひで巣喰つて歌ふ鳥
晝啼く鳥を聞きませう。
ひとりうぐひす 待ちませぬ。
元気な羊や母羊、
眞白仔羊の聲をきき
霰の音や吹く風を
音の調べと思ひませう。

も一度 春にあへるなら ──
いままで何時も「なら」だけで
過ぎた昔の辛いこと ──
も一度 春にあへるなら、
短ひ今日は笑ひましよ、
別になんにもあてにせず、
はかない今日をいつぱいに
嬉しく歌つて過ごしませう。



(入江直祐 訳)

出典:入江直祐著 『クリスチナ・ロセッティ詩 抄』所収 (岩波書店 昭和15年/1940年刊)

 入江直祐氏は、同書の中でこの一篇を「『夕顔の棚つくらんと思へども、秋待ちがてぬ我命かも』 ── 子規の名吟を思わせるものがある」と述べている。
 しかし、"Another Spring"を「また来る春」とした羽矢謙一氏の訳は秀逸だと思う。俺は高校時代に「めぐり来る春」とやったんだが、ひねり過ぎたという違和感を拭えなかった。さりとて他によい言葉が浮かぶ訳でもなく、ずっとうだうだと悩んでいたんだよね(笑)。

  第7回へ戻る:Boats Sail on the Rivers / If All Were Rain and Never Sun ── クリスティーナ・ロセッティの詩を読んでみる 第7回  


  次回へ続く:掲載時期未定  



ブログランキング・にほんブログ村へ
  大変お手数ですが、 ワンクリック のご支援をお願いたします! 「にほんブログ村ランキング」に参加しています。みなさまの ワンクリック のご支援が何よりの励みになります!
関連記事
スポンサーサイト



さえき奎(けい)
Posted byさえき奎(けい)

Comments 10

There are no comments yet.
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: タイトルなし

ももPAPAさん、続けてありがとうございます。

> クリスティーナ・ロセッティ また来る春
> しみじみと滲みる詩ですね。

彼女は幼い頃から病弱で、度々病を患い常に死を意識していました。多くの作品にも
死は色濃く反映されています。

> 人生の儚さを受け止めたうえで
> も一度 春にあへるなら、 と切々と思いを込めながら
> 歌う詩を読むと、熱く込み上げるものを感じます。

はい。この作品には「自分は次に来る春にめぐりあえるのだろうか」「巡り会えたと
しても、それが最後の春になるのではないだろうか」という切ない想いが詠み込まれて
います。

> 自分も入江直祐氏の訳が好きです。

いいですね。私も入江訳推しです。

2021/03/29 (Mon) 18:47 | EDIT | REPLY |   
ももPAPA  

さえき奎さん こんばんわ♪

クリスティーナ・ロセッティ また来る春
しみじみと滲みる詩ですね。

人生の儚さを受け止めたうえで
も一度 春にあへるなら、 と切々と思いを込めながら
歌う詩を読むと、熱く込み上げるものを感じます。

自分も入江直祐氏の訳が好きです。

2021/03/28 (Sun) 23:07 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: 翻訳もできるんですね

くうみんさん、今晩は。いつもコメントありがとうございます。

>  わたしなんか翻訳したものしか読めません。インテリですね。私もオグリン様同様、入江さまの訳がいいかな?

私の翻訳は単なるお遊びですので(笑)。三氏の訳は甲乙つけ難いんですが、私も
入江訳推しですね。

>  それにしても、高校生の頃から深酒ですか?ま~、おじさんも同じだったらしいです。大きな声では言えませんが、実は私も…オホホ。

お仲間ですね(笑)。高校時代から、酒もタバコもフツーにやっていました(今は
タバコはやっていませんが)。極めて品行方正な不良でした(笑)。

2021/03/28 (Sun) 19:43 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: なんて素敵な掲載

花おばさん、今晩は。いつもご支援ありがとうございます。

> 先ずは、ありがとうございます!と申し上げます。
> アップしてくださっている2枚のフォト。
> やさしい光、やわらかい雲・・春の優しさを象徴するような饗宴ですね。(撮影日は、この時期のものでしょうか)

ありがとうございます。自分でもすごく気に入っている作品なので、とてもうれしい
です。時期的には、昨年の春に撮影したものです。

> そして、チョイスされた”クリスティーナ・ロセッティ”さんの作品。
> そして、それぞれの方の訳も、一緒に。

原詩と複数の翻訳を読み比べるというのは、あまり見かけない記事スタイルだと思い
ますが、楽しんでいただけたのでしたらうれしいです。

> ロセッティさんの作品は、ほんとに、季節やまわりの自然を、透明感ある抒情的な表現に
> 私も、さえき圭様の所で、さらにファンになりました。
> そうでなければ、もう、触れることもなかったことでしょう。(前の前のことで、いっぱいいっぱいなので)

これまた、本当にうれしいお言葉です。このシリーズを書いた目的が、より多くの人に
クリスティーナ・ロセッティの作品を知って、味わってほしいということでしたから。

> で、実は、私も、自分の中では、”巡りくる春”と自動翻訳しながら、英語の発音韻を楽しんでおりました。
> 今日という日を楽しみ、口ずさもう・・とかなり勝手に花おばさん流で、うきうきしておりました。
> 思うのです。

はい。原詩を読んでみるというのが、彼女の作品の大きな楽しみの一つですから。

> その時の心境、どんな風に受け止め、楽しみ、待ち遠しかった春を、謳歌するかは、その人、その人の自由でよいのではないかと、だって、正式に依頼され、それでお金を頂くわけでもない、自分の中で楽しむ分には、許されるのではないでしょうか。

おっしゃるとおりです。以前の記事にも書きましたが「詩歌は読まれた瞬間に読者の
ものになる」というのが私の持論です。

> あぁ、とても清々しく、柔らかく、ご紹介くださったお写真のように、気持ちの良い時間でございました。
> ありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました。

2021/03/28 (Sun) 19:39 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: 春の詩

がちょーさん、今晩は。いつもご支援ありがとうございます。

> 記事もしみじみと拝見しました
> 「春」
> 良いテーマですね☆
> 新潟県もやっと春らしい暖かさと、つくしにフキノトウも出てきましたよ。
> タラノメも出てきて、春を楽しく食するシーズンでもありましたね!

フキノトウにタラノメですか。いいですね。ここ数年口にしていないです。

> 詩も良いでしたよ
> やっと春がきました。
> 四季の中で春が一番でしたよ〜♪

私も春ですね・・・というか、セットで春・夏がイチバンです(笑)。

2021/03/28 (Sun) 19:19 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: やはり、入江直祐氏を支持かな(笑)。

オグリン♪さん、こんにちは。いつもコメントありがとうございます。

> やはり、入江直祐氏を支持かな(笑)。

私もこの作品については、断然入江訳ですね。羽矢訳は、読んでいて大きくリズムが
崩れる部分があるのが気になります。他の作品の訳にも見受けられますので、これが
彼の個性なのかも知れません。

> 子規を意識してに七五調風?
> それとも七五調ゆえに子規を意識したか?

入江氏は"SING-SONG"などの童謡作品は平易な訳ですが、"I Wish I Were A Little
Bird"(望み)や"Another Spring"(また来る春)などの叙情詩は七五調で翻訳して
います。

> >晝啼く鳥を聞きませう。
> ココがなんとも古風(旧字体+歴史的仮名遣い)で良い。
> あ、全体的にそうですけどネ。

いいですね。入江氏の抄訳集が残っていること自体が奇跡だと思います(笑)。

> 子規の短歌を褒める人は珍しいなぁ(笑)。

この歌は私も知っていましたが、子規の短歌はあまり評価されていないんでしょうか。

> いやぁ~、なんとも春らしく、三者ともお見事、読み比べると面白いですねぇ~。

はい。解釈が微妙に異なるフレーズなどもあって、大変興味深いです。

> 短詩系も良いけど、詩もイイもんですね。

いつも思うんですが、ウンガレッティが日本の短歌や俳句を知っていたら、何と言う
だろうかと(笑)。

2021/03/28 (Sun) 19:09 | EDIT | REPLY |   
ひねくれくうみん  
翻訳もできるんですね

 わたしなんか翻訳したものしか読めません。インテリですね。私もオグリン様同様、入江さまの訳がいいかな?
 それにしても、高校生の頃から深酒ですか?ま~、おじさんも同じだったらしいです。大きな声では言えませんが、実は私も…オホホ。

2021/03/28 (Sun) 15:43 | EDIT | REPLY |   
花おばさん  
なんて素敵な掲載

さえき圭様、こんにちは。

先ずは、ありがとうございます!と申し上げます。

アップしてくださっている2枚のフォト。

やさしい光、やわらかい雲・・春の優しさを象徴するような饗宴ですね。(撮影日は、この時期のものでしょうか)

そして、チョイスされた”クリスティーナ・ロセッティ”さんの作品。

そして、それぞれの方の訳も、一緒に。

ロセッティさんの作品は、ほんとに、季節やまわりの自然を、透明感ある抒情的な表現に
私も、さえき圭様の所で、さらにファンになりました。

そうでなければ、もう、触れることもなかったことでしょう。(前の前のことで、いっぱいいっぱいなので)

で、実は、私も、自分の中では、”巡りくる春”と自動翻訳しながら、英語の発音韻を楽しんでおりました。

今日という日を楽しみ、口ずさもう・・とかなり勝手に花おばさん流で、うきうきしておりました。

思うのです。

その時の心境、どんな風に受け止め、楽しみ、待ち遠しかった春を、謳歌するかは、その人、その人の自由でよいのではないかと、だって、正式に依頼され、それでお金を頂くわけでもない、自分の中で楽しむ分には、許されるのではないでしょうか。

あぁ、とても清々しく、柔らかく、ご紹介くださったお写真のように、気持ちの良い時間でございました。

ありがとうございました。 

2021/03/28 (Sun) 12:14 | EDIT | REPLY |   
がちょー  
春の詩

こんにちはさえきさま♪

記事もしみじみと拝見しました
「春」
良いテーマですね☆
新潟県もやっと春らしい暖かさと、つくしにフキノトウも出てきましたよ。
タラノメも出てきて、春を楽しく食するシーズンでもありましたね!

詩も良いでしたよ
やっと春がきました。
四季の中で春が一番でしたよ〜♪






2021/03/28 (Sun) 11:55 | EDIT | REPLY |   
オグリン♪  
やはり、入江直祐氏を支持かな(笑)。

子規を意識してに七五調風?
それとも七五調ゆえに子規を意識したか?

>晝啼く鳥を聞きませう。
ココがなんとも古風(旧字体+歴史的仮名遣い)で良い。
あ、全体的にそうですけどネ。

子規の短歌を褒める人は珍しいなぁ(笑)。

いやぁ~、なんとも春らしく、三者ともお見事、読み比べると面白いですねぇ~。

短詩系も良いけど、詩もイイもんですね。

2021/03/27 (Sat) 23:55 | EDIT | REPLY |   

コメントをどうぞ / Leave a reply