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もはや死語? ── 石炭ストーブの思い出について語ってみる

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さえき奎(けい)
大楠の彼方、春仄かに見えて (その2)「大楠の彼方、春仄かに見えて (その2)」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f16, 1/125sec., ISO400, WB:Daylight
 今日の関東地方は、昨日に引き続いて「春うらら」な一日だった。今「うらら」なんて書いたんだが「うらら」「うららか」「うらうら」って、実は微妙に違っていたりするんだよね。うーん、どうでもいいと言えばどうでもいいんだけれど、もし俺が夏が来るまでに忘れていなければ、記事にしてみたいと思っている(笑)。


埼玉県北部地方⇒最高気温:16.5度 最低気温:1.0度
北海道釧路市⇒最高気温:零下2.0度 最低気温:零下8.1度 (真冬日)



はい。さすがに今日は釧路の圧勝です(笑)。内地はいいよね。でも内地はいいよね。寒いとか冷え込んだとか言っても、道民からすれば「ぬるま湯のような冬」なんだよね(笑)。まあ、今日の釧路も最低気温が零下8度止まりで、それも明け方じゃなくて夜になってから出たらしい。日本のシベリア道東にも、春は確実に忍び寄っているということなんだろう。

 小学生、中学生時代にはストーブ当番というのがあった。さすがに小学生の頃は、下校時にアク(石炭の燃え殻)を投げる(北海道弁の投げる=捨てる)だけだったんだが、中学生になると朝早く登校してストーブに着火するという任務があった(笑)。これが慣れないとけっこう難しいテクニックを要する仕事だった。着火剤焚き付けを使って石炭や豆炭に火を点けなければならないんだが、下手くそなやつだと石炭に着火する前に焚き付けが燃え尽きてしまうんだよね(笑)。こうなると、用務員室に新たな着火剤と焚き付けをもらいに行かなければならない。用務員のおっさんに頭を下げて、さんざん嫌みと文句を言われながら、再度チャレンジすることになる(笑)。この再チャレンジに失敗すると、恐ろしい事態が待っていた。三度目のチャンスが与えられることは決してなかった(笑)。おっさんが「こんなことも出来んのか!」というような怒りの形相で、自ら火を点けに来る(笑)。彼の頭の中には「○年○組のこいつはペケ」とインプットされてしまったであろうことは想像に難くない(笑)。それよりも何よりも、登校して来たクラスメートから冷たい視線を浴びることになるのがもっと辛いことだった(笑)。中には、隣のクラスから燃えている石炭をもらって来て着火するやつもいたが、これはもちろん御法度の行為で、見つかると先生に大目玉を喰らった(笑)。

 あ、もちろん俺のことじゃないよ(笑)。俺は火を扱うことが大好きな子供だったから、着火作業は得意中の得意だったんだよ(危ねえやつだな)。キャンプや炊事遠足(筆者注:北海道独特の学校行事で、昼食に共同で野外炊爨をする遠足のこと。定番メニューは豚汁ぶたじるかジンギスカンだった)の時は、火を起こすのは決まって俺の役目だった(笑)。でも朝早く登校して、冷え切った教室で火を点ける作業が好きな訳ないから、ストーブ当番は大嫌いだったよ(笑)。しかし、高校時代は、母校の初代校舎が不審火で火災になったという不幸な過去があって、生徒には一切火を扱わせないということになっていたのはラッキーだった(笑)。

 石炭ストーブといえば「だるまストーブ」を思い浮かべる人もいると思うが、俺が物心ついた頃には学校でも家でも、ドラム缶のような本体に石炭をあらかじめ満杯にしておいて、上の方から燃やして行く「ルンペンストーブ」が主流だった。火力が強く調整も容易なことに加えて、一度着火すると半日は楽に持つので石炭をくべる手間も不要という優れものだったんだよね。燃え尽きたらストーブ本体をそのまま煙突から外して、石炭を充填済みのスペアと交換するという、出来るだけ切れ目なく燃やし続けるように工夫されたシステムだった(もちろん交換後には、アクを投げてから石炭を補充して新たなスペアとして待機させておく)。緊急的に「追い炭」と称して、そのまま上から石炭を追加投入して燃やすことも出来たんだよ。

ライオン印「ルンペン石炭ストーブ」

「ライオン印 ルンペン石炭ストーブ」
出典:ISAI ONK|LINE STORE
基本的にはこれを2基用意しておいて、ストーブAを燃焼⇒ストーブA燃焼終了⇒ストーブBに交換/ストーブAに石炭を充填して待機⇒ストーブBを燃焼⇒ストーブB燃焼終了⇒ストーブAに交換/ストーブBに石炭を充填して待機⇒ストーブAを燃焼というサイクルで使った。

 当時でも、内地では石油ストーブが主流になっているという話は聞いていたが、既に斜陽だったとはいえ石炭は漁業と共に長い間釧路を支え続けて来た主力産業の一つだったし、市内には生産を続けている炭砿もあった(現在でもその後継会社が、国内唯一の坑道掘り炭砿として操業している)。長い間石炭ストーブが主力だったのは、おそらくそういう事情も関係していたのではないかと想像している。まあ、現在の道内の学校でも石炭ストーブを使っているところなど皆無だろう(笑)。石油ストーブやファンヒーターなのかエアコン暖房なのかは分からないが、だるまストーブやルンペンストーブなどという代物は、もはや死語なんだろうなとは思うが、上掲の画像でもお分かりいただけるように、今でも需要があるとみえて製造・販売が続けられているらしい。




凍つる夜は水道管の水落とし十時には灯を消しわが影を消す  (前田紀子)






出典:前田紀子著 『春採湖』所収 (不識書院 平成27年/2015年刊)

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さえき奎(けい)
Posted byさえき奎(けい)

Comments 14

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さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: :(´◦ω◦`):寒いよ

イオママさん、こんにちは。いつもご支援ありがとうございます。

> |ョ´д`*)出遅れ~!

いえいえ、どういたしまして。お仕事お疲れ様でございました。

> 小学一年生頃から
> だるまストーブに着火していました。
> 新聞紙、石炭、マキ、がんび、マッチ..
> 懐かしいなぁ..

がんぴ、ガンピ、雁皮・・・懐かしいです。内地の人は知らないでしょうね(笑)。
伯父の家(お袋の実家)は大きな薪ストーブで、必ずがんぴで着火していました。

> でもね、35年くらい前まで
> 札幌でも石炭ストーブを使っていたところは
> ありました。
>
> 友人の家では、縦長のカマダストーブを
> 使用していてとてもかっこ良かったのです。

カマダストーブというのは、貯炭タンクが付いていて長時間燃焼が可能な縦長の
ストーブですね。おそらくルンペンストーブが、これに取って代わって行ったん
じゃないのかと思います。

> アクなげ!
> 懐かしい言葉だね。
> 北海道は捨てることを「なげる」と言うもね。

今でもついつい「ゴミをなげる」ってゆってしまうんだべさ(笑)。

> 家の前にみんな捨ててたよ。
> 「アクなげてきてー!」ってね(笑)
> 真っ白な雪の上に平らになるように
> ササササ~とね。
> それが当たり前だったな。

そうそう、特にアク捨て場所とか決まってなくて、かなりアバウトになげてた(笑)。

> 私の家はルンペンストーブは使わなかったよ。
> ずーっとだるまストーブでした。

それは意外でした。私の故郷が炭砿街だったということもあるのかも知れませんが、
釧路や道東は圧倒的にルンペンストーブが多かったように記憶しています。

2021/02/09 (Tue) 18:42 | EDIT | REPLY |   
イオママ  
:(´◦ω◦`):寒いよ

|ョ´д`*)出遅れ~!

小学一年生頃から
だるまストーブに着火していました。
新聞紙、石炭、マキ、がんび、マッチ..
懐かしいなぁ..

でもね、35年くらい前まで
札幌でも石炭ストーブを使っていたところは
ありました。

友人の家では、縦長のカマダストーブを
使用していてとてもかっこ良かったのです。

アクなげ!
懐かしい言葉だね。
北海道は捨てることを「なげる」と言うもね。

家の前にみんな捨ててたよ。
「アクなげてきてー!」ってね(笑)
真っ白な雪の上に平らになるように
ササササ~とね。
それが当たり前だったな。

私の家はルンペンストーブは使わなかったよ。
ずーっとだるまストーブでした。


2021/02/08 (Mon) 21:10 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: タイトルなし

onorinbeckさん、今晩は。いつもご支援ありがとうございます。

> 昔ね、小学生の頃だけど担任の先生が、
> こんなストーブで餅焼いて食べさせてくれました。
> あれ、ほんと美味しかった^ ^

私も餅やらスルメを焼いたり、牛乳や弁当を温めたりしました(笑)。色々
面倒なこともあった石炭ストーブですが、文字どおり暖かな時代でした(笑)。

2021/02/08 (Mon) 19:29 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: タイトルなし

とっしーさん、今晩は。いつもコメントありがとうございます。

> 初めて札幌に住んでいた姉宅へ行った時(昭和38年)、その家まで馬車で石炭を搬入していました。札幌市内ですよ。今では夢のような話ですね。確か道路から家の石炭倉庫までの距離を測って代金を請求していたと記憶しています。

石炭馬車とは、何とも風情のある光景ですね。私は、釧路といっても田舎の方の
生まれ育ちでしたので、馬を見る機会は時々ありましたが、釧路市内で見かけた
ことは一、二度くらいでした(笑)。

> また、主に道北地域へ置き薬を配置する仕事の方に聞いたのが「ルンペンストーブ」でした。だるまストーブは列車内で使用されていることも見ましたが(深名線で)、このルンペンストーブのことは全く知りませんでした。

そうですね。ルンペンストーブは、特に強い火力を必要とする北海道ならではの
ストーブだったと思います。

2021/02/08 (Mon) 19:21 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: タイトルなし

くろすけさん、今晩は。いつもコメントありがとうございます。

> ルンペンストーブは知りませんが、だるまストーブは懐かしいなぁ。。。(*^^*)

はい。ルンペンストーブは、ほとんど北海道オンリーのストーブですから(笑)。

> 教室の真ん中にあって、みんなが公平?に暖まれるように、一週間おき?だったか、席列をずらしていったりしてたなぁ。。

ストーブの真ん前の座席は最初はいいんですが、暖かすぎてだんだん眠くなって
来るのが欠点でしたね(笑)。

> 昨日職場で、昔の方が寒かったと言う話題になり、そう言えば、軒下にツララができてたし、雪ももっと降ってたような。。。釧路の比ではありませんが。。(((^_^;)

20世紀後半に比べると、明らかに暖かくなっていますね。私が金沢勤務時代には
二度の豪雪に見舞われましたが、その後あのような豪雪はないそうです(笑)。

> 沢でのお泊まりは、焚き火がつきものですが、着火の技は必須です。(*^^*)

着火剤などを使わないテクニックですね(笑)。私も自信があります(笑)。

2021/02/08 (Mon) 19:13 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: 石炭ストーブは言葉だけ知ってました。

がちょーさん、こんにちは。いつもご支援ありがとうございます。

> 石炭ストーブは名前だけわかりますが、私が小学生の時には既に石油ストーブになってましたよ。

内地の方では石油ストーブの普及が早かったようですね。北海道は産炭地だったと
いう事情や、火力が強いというメリットもあって長く石炭ストーブが使われていた
ようです。

> そのかわり家では豆炭コタツを使ってましたね よく亡くなったおばあちゃんがコンロで豆炭を焼いて、コタツにセットしている風景が思い出されましたよ。

豆炭こたつは、丸一日日持ちがしたそうですね。北海道では、炬燵を見かけることは
ほとんどなかったので、その仕組みが想像出来ません(笑)。

2021/02/08 (Mon) 19:06 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: うんうん、石炭ストーブね。

オグリン♪さん、こんにちは。いつもコメントありがとうございます。

> 確か、小学校の三年生まで石炭だったと思う。
> 石炭当番は二人組で三角の木のバケツ?で石炭置き場に取りにいくんだよね。
> ▽だったのは、たぶんストーブに石炭を入れやすいからか?これが持ちにくくてね。

ルンペンストーブは、石炭を運んだりする必要がないのですが、燃え尽きたら
ストーブごと交換するという手間がありました。でも、一旦火が着いたら後は
火力の調整だけで、何度も石炭をくべたりする必要もなかったので普及したんだと
思いますね。

> 懐かしいなぁ、お祖母ちゃんの炬燵は豆炭だった、昔は炭が身近でしたね。

電気式の炬燵なら何とか知っていますが、豆炭や炭の炬燵となると全く未知の
領域です(笑)。

> 今はキャンプの時に使用しているのを見るけど、点火の仕方も、使用方法も下手くそで見てられない。

最近は様々な種類の着火剤が販売されているので、不器用な人でも簡単に点火
出来るみたいですね(笑)。新聞紙や枯れ草・枯れ枝などで火を起こして見せて
女子の人気を独り占めするような良き時代は、遠い過去の話となりました(笑)。

2021/02/08 (Mon) 18:44 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: タイトルなし

ももPAPAさん、こんにちは。いつもコメントありがとうございます。

> 学校の暖房といえば、小学校の頃は石炭ストーブ 中学校では教室の脇にス
> チーム暖房の配管があって、それが温まって膨張するとパキンパキン鳴って
> たのを記憶してますが、高校のときは確か、石炭ストーブだったと記憶して
> ます。 日直が点火 消火 教員が確認してたような・・

中学校がスチーム暖房とは進んでいたんですね。

> で、日直当番のときはスルメを持って来てストーブの上で焼いて食べたりし
> てました。(笑)

スルメとか餅とか焼きましたね(笑)。あと、弁当や牛乳を暖めたりとか、
昼前になると教室中に匂いが充満したりして(笑)。

> そりゃもう 匂うので、"誰かここでスルメ焼いたな~" なんて先生に気づ
> かれてましたね。

私のところでは、昼食時にやるのは大目にみてもらっていたようです(笑)。

> 勤務時代はもう煙突石油ファンストーブでした。
> あれは、灯油が滲み出るストーブの底面にうまく火をつけたマッチを落とす
> のがコツで、何度やってもなかなか点火できないときもあったり微妙な調整
> が必要で案外難しかったですね。

それは難しそうですね(笑)。電池式の自動点火装置などが付いていなかった
時代なんでしょうか?

2021/02/08 (Mon) 18:28 | EDIT | REPLY |   
onorinbeck  

昔ね、小学生の頃だけど担任の先生が、
こんなストーブで餅焼いて食べさせてくれました。
あれ、ほんと美味しかった^ ^

2021/02/08 (Mon) 15:19 | EDIT | REPLY |   
とっしー  

初めて札幌に住んでいた姉宅へ行った時(昭和38年)、その家まで馬車で石炭を搬入していました。札幌市内ですよ。今では夢のような話ですね。確か道路から家の石炭倉庫までの距離を測って代金を請求していたと記憶しています。
また、主に道北地域へ置き薬を配置する仕事の方に聞いたのが「ルンペンストーブ」でした。だるまストーブは列車内で使用されていることも見ましたが(深名線で)、このルンペンストーブのことは全く知りませんでした。

2021/02/08 (Mon) 11:49 | EDIT | REPLY |   
まっ黒くろすけ  

ルンペンストーブは知りませんが、だるまストーブは懐かしいなぁ。。。(*^^*)
教室の真ん中にあって、みんなが公平?に暖まれるように、一週間おき?だったか、席列をずらしていったりしてたなぁ。。

昨日職場で、昔の方が寒かったと言う話題になり、そう言えば、軒下にツララができてたし、雪ももっと降ってたような。。。釧路の比ではありませんが。。(((^_^;)

沢でのお泊まりは、焚き火がつきものですが、着火の技は必須です。(*^^*)

2021/02/08 (Mon) 08:23 | EDIT | REPLY |   
がちょー  
石炭ストーブは言葉だけ知ってました。


おはようございますさえきさま。

石炭ストーブは名前だけわかりますが、私が小学生の時には既に石油ストーブになってましたよ。

そのかわり家では豆炭コタツを使ってましたね よく亡くなったおばあちゃんがコンロで豆炭を焼いて、コタツにセットしている風景が思い出されましたよ。

石炭ストーブは名前だけでしたねー






2021/02/08 (Mon) 07:44 | EDIT | REPLY |   
オグリン♪  
うんうん、石炭ストーブね。

確か、小学校の三年生まで石炭だったと思う。
石炭当番は二人組で三角の木のバケツ?で石炭置き場に取りにいくんだよね。
▽だったのは、たぶんストーブに石炭を入れやすいからか?これが持ちにくくてね。
懐かしいなぁ、お祖母ちゃんの炬燵は豆炭だった、昔は炭が身近でしたね。
今はキャンプの時に使用しているのを見るけど、点火の仕方も、使用方法も下手くそで見てられない。

2021/02/08 (Mon) 01:08 | EDIT | REPLY |   
ももPAPA  

奎さん こんばんわ♪

学校の暖房といえば、小学校の頃は石炭ストーブ 中学校では教室の脇にス
チーム暖房の配管があって、それが温まって膨張するとパキンパキン鳴って
たのを記憶してますが、高校のときは確か、石炭ストーブだったと記憶して
ます。 日直が点火 消火 教員が確認してたような・・
で、日直当番のときはスルメを持って来てストーブの上で焼いて食べたりし
てました。(笑)
そりゃもう 匂うので、"誰かここでスルメ焼いたな~" なんて先生に気づ
かれてましたね。

勤務時代はもう煙突石油ファンストーブでした。
あれは、灯油が滲み出るストーブの底面にうまく火をつけたマッチを落とす
のがコツで、何度やってもなかなか点火できないときもあったり微妙な調整
が必要で案外難しかったですね。

2021/02/07 (Sun) 23:40 | EDIT | REPLY |   

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