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短歌を読んだ瞬間、解釈は「詠み手」から「読み手」のものになる

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さえき奎(けい)
朝開暮落の人生だっていいじゃないか「朝開暮落の人生だっていいじゃないか」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f8, 1/60sec., ISO400, WB:Daylight
 トップ画像は先月の夕刻少し前、西の空に出ていた何やら妖しげな雲だ。下層に見えるのは明らかに波状高積雲だが、背景になっているダークな領域は空ではなく雲だ。おそらく高層雲だと思うが、あまり見かけない光景だ。

先日の産経新聞に「没後10年・~家族を歌う~第9回河野裕子短歌賞」の入賞作品が掲載されていた。この賞の選者である歌人永田和宏氏については、過去記事で作品をご紹介させていただいたが、彼は河野裕子女史の夫であり細胞生物学者でもある人なんだよね(参照:引き算の時間の残酷さ ── 家族とは永遠の顔をした一瞬だ」)

 本日は入賞作の中から、最高賞である河野裕子賞を受賞した二首をご紹介させていただきたいと思う。




[河野裕子賞 家族の歌・愛の歌]

草原に五歳の君をよびだして遊ぼう大人の君に内緒で  (永塚貞)



[河野裕子賞 自由題]

受理された退職届前髪は春風を受け春風を抜け  (野呂裕樹)




出典:産経新聞 (令和2年/2020年11月16日)


 「草原に五歳の君をよびだして遊ぼう大人の君に内緒で」・・・永塚貞さんの受賞作には、泣きたくなるような深い感動を覚えた。ノスタルジアと時空を超えたロマンスを感じる素晴らしい一首だと思う。選者の間では、「母親の愛情を詠んだ歌」という解釈が大勢だったようだが、選者の一人である東直子さんは「好きな人の子供の頃に会ってみたい」という恋愛歌として捉えたそうだ。実は俺も、読んだ瞬間にそう感じたので「母親の愛情」という解釈を聞いた時には「そういう捉え方もあるのか」と軽い衝撃を受けたくらいだ。俺は常々東直子さんを「家族愛の歌人」だと書いているので矛盾するようだが、配偶者は当然として、広い意味で恋人も含めて家族であると考えたい。東さんがこの賞の選者を務めているのも、高名で優れた歌人であるということ合わせて、彼女がこのような豊かな感性を持っていることと無関係ではないと俺は思っている。短歌修行の身でありながら偉そうなことを書いてしまったが、何卒ご容赦いただきたい。さて、この作品を読んでいただいた皆さんは、この歌から何を感じ、どのような映像を思い浮かべただろうか。是非率直なご感想をお聞かせ願いただければと思う。

 もし誰かが、ある短歌を読んだ瞬間、その一首の解釈は「詠み手」から「読み手」のものになるんだよね。もちろん、その解釈は読み手の数だけ存在する。また、これは短歌に限ったことではなく、あらゆる文芸作品に共通して言えることだと俺は思っている。あ、ごめん、何か小難しいことを言おうなんてことじゃないんだよ。もっと短歌を気軽に、自由に読んでほしいと、どうか「短歌」のことを「詩」とか「ポエム」と呼ばないでやってほしいと、せめて俳句の半分くらいのレベルには短歌を認知してほしいと、そういうささやかな願いを込めてこの記事を書いてみただけなので、何とぞご容赦のほどを(笑)。

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さえき奎(けい)
Posted byさえき奎(けい)

Comments 17

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さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: タイトルなし

ももPAPAさん、こんにちは。いつもコメントありがとうございます。

> 冒頭の空の写真 これからどう変化していくんだろう? と期待感を抱かせる
> 魅力的な空ですね。

ありがとうございます。赤にしろ青にしろ、朝夕の空は魅惑的な色が出ますね。

> ある短歌を読んだ瞬間、その一首の解釈は「詠み手」から「読み手」のものになる
> なるほど 確かに・・と思いました。

あらゆる文芸作品はそうだと思いますが、最初から「作者の言いたいことは何なのか?」
に拘りってそれを突き詰めようとすると、途端に読むことが苦痛になりますから(笑)。

> 永塚貞さんの作品
> 私も 「好きな人の子供の頃に会って、一緒に遊んでみたい」 という思いを歌っ
> たものと解釈しました。

はい。コメントを頂戴した皆さんも、そちらの解釈が多かったです。元よりどの解釈が
正しいとか正しくないとかの問題ではありませんし、たまにはこういうことを話題に
するのも楽しいですね。

2020/11/20 (Fri) 18:01 | EDIT | REPLY |   
ももPAPA  

さえき奎さん こんばんわ♪

冒頭の空の写真 これからどう変化していくんだろう? と期待感を抱かせる
魅力的な空ですね。
ある短歌を読んだ瞬間、その一首の解釈は「詠み手」から「読み手」のものになる
なるほど 確かに・・と思いました。
永塚貞さんの作品
私も 「好きな人の子供の頃に会って、一緒に遊んでみたい」 という思いを歌っ
たものと解釈しました。

2020/11/19 (Thu) 22:12 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: 「詠み手」から、「読み手」のものになる。

花おばさん、今晩は。いつもご支援ありがとうございます。
その後のお加減の方はいかがですか?

> <草原に五歳の君をよびだして遊ぼう大人の君に内緒で  (永塚貞)
> の解釈、私は、同時に両方の感覚・脳内映像になっておりました。笑

映像化出来るのでしたら、本調子に近づいているということですね(笑)。

> すっかり大人になってしまった・愛する我が子の頃を思いながら詠んだようにも、
> 懐かしい友、ほんのり淡い恋心を持っていたかつての同級生に、逢った時、
> 土手にて、秋風を感じながら、かつてのたわいもなく、共に遊んだ風景を
> 思い出していたのかしら?

初恋の同級生、秋風の土手・・・。いいですね。とても新鮮で素敵な解釈だと思いました。

> まさに、詠んだ句は、確かに詠み手のものではありますが、それを受けて読む人が
> 感じる情景は、その読み手の世界になるのでしょうね。

本当にそのとおりです。さすがは映像化の達人、花おばさんですね。

> 言葉を紡ぐ表現。
> 日本人ならではの素晴らしい感性の賜物ですね。
> いいものを拝見させていただき、ありがとうございます。
> 今回のアップも、ドラマチックな展開、そのご解説に、なるほど~と感心しきりでした。

ありがとうございます。大変励みになります。

2020/11/19 (Thu) 19:32 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: ( ´ ᐞ ` ).。o

イオママさん、今晩は。いつもご支援ありがとうございます。

> 好きな人が5歳の姿..
> 自分もその時..子どもではあるけれど
> 大人の自分がその子と遊ぶ姿は
> 大きな愛で優しく包むことが出来るだろうな..

ああ、その解釈は素晴らしいと思います。この歌の肝は、正にそこなんでしょうね。
今彼は、ひたすら慈んでやりたい状況にあると・・・。

> 夫が小さかった時の写真を見ると
> 小さかった息子ととても似ていて
> 私は夫の5歳と遊んだかも..
> なんて思いました。

私にもあります。意識だけが時空を超えて行く、そんな瞬間ですね。

> 5歳か・・・随分経ったなぁ(*꒪⌓꒪)

はい。お互い、ジャネーの法則の加速度に負けないように頑張りましょう(笑)。

2020/11/19 (Thu) 19:26 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: 夫婦揃って

小麦さん、今晩は。いつもコメントありがとうございます。

> 「好きな人の子供の頃に会って見たい」に同意。

どちらがいいとかの問題ではないんですが、ありがとうございます(笑)。

> たぶん夫婦があまり穏やかではない季節。仕事に疲れふさぎ込んでいる好きな人を見てふっと思った。

おっしゃるとおりだと思います。愛する人に対する慈愛を込めた歌なんでしょね。

> 彼が無邪気に遊んでいた五歳の頃に戻り、作者も同じく子供に戻り、一緒に遊びたい。
> それは母親の愛情でもあり、母性愛から発生した思いかかもしれません。
> 大人の作者と子供の彼もあるとは思いますが、夫婦揃って子供になってと読みましたが。

そう、そこも解釈の岐路ですね。「君」は五歳で詠み手は今のままなのか、同じく
五歳というか幼少に還っているのか・・・。小麦さんの解釈、素敵だと思います。

2020/11/19 (Thu) 19:18 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: 瞬時の中の永遠!

くろすけさん、今晩は。いつもコメントありがとうございます。

> 「朝開暮落」。。世の中儚いものだらけですね。

うだうだと考えても仕方のないことなんですが、つい考えてしまいます(笑)

> 地球という生命体のなかで日々様々な宿命を感じながら生きています。

ガイアですね。。

> 空の雲たち、微妙な妖しさで、くろすけにはよくわかりませんでした。f(^_^;

凡作の言い訳をしているだけなので、笑って見過ごしてください(笑)。

> >「好きな人の子供の頃に会ってみたい」
> くろすけも同じようにこの風景が浮かびました。
> 映画の回想シーンのように瞬時にコマ送りされました。

夫や恋人か子供か、読んだ瞬間的に決まるんだと思います。読み手に、まざまざと
映像を喚起できる歌は本当に素晴らしいと思いますね。

2020/11/19 (Thu) 19:11 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: 心の短歌

がちょーさん、今晩は。いつもご支援ありがとうございます。

> 短歌、読み手になりましたよ☆

感謝です。いかがでしたか?

> お写真も拝見!
> 記事も何か柔らかく
> 読み手にもなり、心も伝わってきましたね

誉めすぎだと思いますが、ありがとうございます。大変励みになります。

> いつもご支援もありがとう御座います♪
> それでは仕事に出発しまーすw

仕事前のお忙しい時に、本当にありがとうございます。

2020/11/19 (Thu) 19:01 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: 同感。

オグリン♪さん、こんにちは。いつもコメントありがとうございます。

> すべてのうた、短歌、歌詞、詩、そして、小説さえもが、「詠み手」から「読み手」のものになる。
> これは必然です。

大変心強いです。その解釈がどうのこうのという以前の問題としてですね。学校では
決してそういうふうに教えないですから。

> 河野裕子女史、伝説の歌人と言っても過言ではないでしょう。

はい。没後早9年、本当に惜しまれます・・・。

> 五歳の君、私は恋人、もしくは配偶者と思いました。

特に男だと直感的にそうですよね。五歳の自分と遊んでほしいから(笑)。磯貝さんの
おっしゃるように女性の場合は、それも子供の有る無しで、また違うのかも知れません。

> たぶん、その人は少し疲れているのかも知れません、仕事や人間関係のストレスなど。
> そんな大人のシガラミなど忘れて幼い頃に戻り・・・と、解釈しました。

そうですね。「君」に格別の愛おしさを感じた時の慈愛の歌だと思います。

> すばらしい二首デス。

はい。二首とも河野裕子賞に相応しい名歌ですね。

2020/11/19 (Thu) 18:49 | EDIT | REPLY |   
さえき奎(けい)
さえき奎(けい)  
Re: タイトルなし

磯貝裕美さん、お忙しい中、ご来訪とコメントをありがとうございます。

> 私も、「好きな人の子どもの頃に会ってみたい」と読みましたよ。(*´-`)

やはりそう読まれましたか。何だかとてもうれしいです(笑)。

> この捉え方のちがいは、ひょっとしたら、子どもを持った人と持たなかった人・・ということもあるのかも?と思ったり。(*・ω・)

なるほど。その違いはあるかも知れないですね。東直子さんは、お子さんがいらっ
しゃいますけれど、感性が格別豊かな方ですからね。

第二詩集の刊行を心待ちにしています。

(こちらにまとめてレスさせていただきました)

2020/11/19 (Thu) 18:32 | EDIT | REPLY |   
花おばさん  
「詠み手」から、「読み手」のものになる。

さえき様、こんにちは。

<草原に五歳の君をよびだして遊ぼう大人の君に内緒で  (永塚貞)

の解釈、私は、同時に両方の感覚・脳内映像になっておりました。笑

すっかり大人になってしまった・愛する我が子の頃を思いながら詠んだようにも、
懐かしい友、ほんのり淡い恋心を持っていたかつての同級生に、逢った時、
土手にて、秋風を感じながら、かつてのたわいもなく、共に遊んだ風景を
思い出していたのかしら?

まさに、詠んだ句は、確かに詠み手のものではありますが、それを受けて読む人が
感じる情景は、その読み手の世界になるのでしょうね。

言葉を紡ぐ表現。

日本人ならではの素晴らしい感性の賜物ですね。

いいものを拝見させていただき、ありがとうございます。

今回のアップも、ドラマチックな展開、そのご解説に、なるほど~と感心しきりでした。

2020/11/19 (Thu) 15:26 | EDIT | REPLY |   
イオママ  
( ´ ᐞ ` ).。o

こんにちは!

好きな人が5歳の姿..
自分もその時..子どもではあるけれど
大人の自分がその子と遊ぶ姿は
大きな愛で優しく包むことが出来るだろうな..

夫が小さかった時の写真を見ると
小さかった息子ととても似ていて
私は夫の5歳と遊んだかも..
なんて思いました。

5歳か・・・随分経ったなぁ(*꒪⌓꒪)

2020/11/19 (Thu) 11:46 | EDIT | REPLY |   
小麦  
夫婦揃って

奎様
おはようございます。

「好きな人の子供の頃に会って見たい」に同意。
たぶん夫婦があまり穏やかではない季節。仕事に疲れふさぎ込んでいる好きな人を見てふっと思った。
彼が無邪気に遊んでいた五歳の頃に戻り、作者も同じく子供に戻り、一緒に遊びたい。
それは母親の愛情でもあり、母性愛から発生した思いかかもしれません。
大人の作者と子供の彼もあるとは思いますが、夫婦揃って子供になってと読みましたが。

2020/11/19 (Thu) 10:35 | EDIT | REPLY |   
まっ黒くろすけ  
瞬時の中の永遠!

「朝開暮落」。。世の中儚いものだらけですね。
地球という生命体のなかで日々様々な宿命を感じながら生きています。
空の雲たち、微妙な妖しさで、くろすけにはよくわかりませんでした。f(^_^;

>「好きな人の子供の頃に会ってみたい」
くろすけも同じようにこの風景が浮かびました。
映画の回想シーンのように瞬時にコマ送りされました。

2020/11/19 (Thu) 08:58 | EDIT | REPLY |   
がちょー  
心の短歌

おはようございますさえきさま。

短歌、読み手になりましたよ☆
お写真も拝見!
記事も何か柔らかく
読み手にもなり、心も伝わってきましたね

いつもご支援もありがとう御座います♪
それでは仕事に出発しまーすw



2020/11/19 (Thu) 07:47 | EDIT | REPLY |   
オグリン♪  
同感。

すべてのうた、短歌、歌詞、詩、そして、小説さえもが、「詠み手」から「読み手」のものになる。

これは必然です。


河野裕子女史、伝説の歌人と言っても過言ではないでしょう。


五歳の君、私は恋人、もしくは配偶者と思いました。
たぶん、その人は少し疲れているのかも知れません、仕事や人間関係のストレスなど。
そんな大人のシガラミなど忘れて幼い頃に戻り・・・と、解釈しました。

すばらしい二首デス。

2020/11/19 (Thu) 01:16 | EDIT | REPLY |   
磯貝裕美  

この捉え方のちがいは、ひょっとしたら、子どもを持った人と持たなかった人・・ということもあるのかも?と思ったり。(*・ω・)

2020/11/19 (Thu) 00:32 | EDIT | REPLY |   
磯貝裕美  

私も、「好きな人の子どもの頃に会ってみたい」と読みましたよ。(*´-`)

2020/11/19 (Thu) 00:03 | EDIT | REPLY |   

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