アースキン・コールドウェルの『苺の季節』を訳してみる [Part 2]

先日の記事「君の胸で野いちごをつぶしてみたかった ── 北海道のワイルド・ストロベリー」で少し触れていた、アースキン・コールドウェルの短編小説『苺の季節』の自主翻訳の第2回(完結編)である。短篇小説というより、紙面にして2~3ページのショートショートとか掌編(しょうへん)小説とでもいうべき小品なので、お時間のある方はご一読いただければうれしく思う。
尚、原作者のアースキン・コールドウェルは1987年没であるから、原典テキストについては著作権フリーになっていないので掲載を見合わせている。もし、小生の拙訳をとっちめてやろうなどとお考えの方は、フォーマットが電子書籍ならばそれほどの価格はしないと思うので、入手されてご指摘等をいただければありがたい。
FC2の禁止ワードなるものについて、無駄に厳正過ぎるものを感じないでもないのだが、まさかこの程度では引っかからないだろうと思いつつも、おそるおそるポストしてみた次第である(笑)。そもそもこの拙稿の原典テキストは、高校の英語のリーダーに採用されかかったこともあるそうだし(あくまでも「されかかった」で「された」わけではない)、大学の教養課程のテキストでは定番だったと聞いている。そのような背景もあるし、広く知られた名作であることは間違いない。本サイトへの掲出に何ら問題はないと信じているが、多少なりとも不快に感じる方がおられるのであれば、小生の不徳の致すところである。
先に 『苺の季節』 Part 1 を読んでみる
『苺の季節』
アースキン・コールドウェル 原作 / さえき奎 訳
[Part 2]
他の畑にいた時には気づかなかったが、今日のファニーは素脚だった。もちろん午後になれば、靴下がないほうが涼しいので、脱いでしまうのが一番だった。ファニーは、僕が彼女の素脚を見ているのに気づいて、少しはにかむように微笑んだ。僕は彼女の脚がとても素敵だということを言いたかったのだが、どうしてもそれを口にする勇気がなかった。
午後も半ばになると、昼頃よりもいっそう暑さが厳しくなって来た。午前中には少し吹いていたそよ風も凪いで、太陽は虫めがねでも通したかのようにじりじりと僕等に照りつけた。ファニーの脚は日焼けしていた。
僕は無意識のうちにファニーの背後に忍び寄ると、その開いた襟元に瑞々しく熟れた大きな苺を落としていた。彼女は一瞬驚いてぎょっとしていた。僕が何列か離れた畝にいると信じて疑わなかったので、てっきり襟元から虫なにかが飛び込んで来たのだと思ったからだ。しかし、跳び上がった時に僕が後ろにいるのがわかって、笑いながら苺を取り除こうと懐の中に手を差し入れた。ブラウスの下には確かに苺が透けて見えていた。彼女が取ってしまう前に、僕はそれを思い切りひっぱたいた。いつもの苺潰しと同じように、彼女が笑ってくれるものだとばかり思っていたが、今回はそうではなかった。ファニーは胸を強く抱きしめるとその場にしゃがみ込んでしまった。その時、初めて何かがおかしいと気がついた。僕を見上げる彼女の瞳には涙があふれていた。僕はへなへなと彼女の傍らに座り込んだ。僕は彼女の胸を叩いてしまったのだ。
「大丈夫、ファニー?」うろたえて僕は言った。「痛かった? そんなつもりじゃなかったんだ。本当に、そんなつもりじゃなかったんだよ」
「わかってるわ」涙が膝の上にこぼれ落ちた。「でもここはぶっちゃだめ。痛いんだから」と彼女は言った。
「もう二度としないよ、ファニー。約束するよ」
「大丈夫」と彼女は無理に笑みを浮かべて言った。「まだちょっと痛いけど」

彼女は頭を僕の肩に預けた。僕は彼女を抱きしめた。ファニーは涙を拭って「もう大丈夫よ」と繰り返した。「すぐに治まると思うから」
彼女は僕を見上げて微笑んだ。ファニーのつぶらで大きな青い瞳は、夜明けの深い空の色をしていた。
「生きてる限り二度と君に苺潰しはしないよ、ファニー」僕はどうしても許してほしくて彼女に誓った。
ファニーはブラウスのボタンを外した。苺は彼女の下着の中で潰れていた。赤い染みは白い布に朝顔のよう広がっていた。
「これも外さなきゃ取れないわ」と彼女は言った。
「それ僕に取らせてよ」僕は少し意気込んで言った。「苺の汁で指を汚したくないだろう?」
ファニーは下着を外した。苺は彼女の乳房の間で潰れていた。乳房はミルクのように白く、その真ん中だけが苺を潰したように赤く色づいていた。僕は居ても立ってもいられず、彼女を強く抱きしめて長い長いキスをした。潰れた苺は僕等の傍らの地面にぽとりと落ちた。
僕等が起き上がった時、既に陽は傾き大地は冷たさを取り戻し始めていた。僕等は苺が入っためいめいの収穫箱や籠を集め、畑を横切って納屋まで歩いた。納屋に着くと、ガンビーさんはそれを勘定して賃金を払ってくれた。
僕等はガンビー家の裏庭を通り抜けて母屋の前まで来ると、互いを見つめたまましばらく門の前に佇んでいた。二人とも無言だった。いつだったか、ファニーは恋人はいないと言っていた。僕は、彼女が自分を恋人と思ってくれるようにと心の底から願った。
やがてファニーは踵(きびす)を返して坂道を下り始め、僕は逆方向へと家路についた。苺の季節が終わろうとしていた。
(完)
[訳者あとがき]
えーと、解釈は色々ありそうだ。多分原作者もそういう風に書いているんだと思う。最終的には「僕くん」が望むようなことにはならなかったようだね。でも、一度でも思いを遂げられたみたいだから、これでよしとしなくてはいけない。人生あまり欲張るとろくなことにはならないしね。下手すると間違えて胸を叩いた時点で、頬に紅葉形の痣を作られてお終いだった可能性もあったわけでさ。俺がファニーだったら絶対そうしただろうなあ(笑)。まあ、甘くもほろ苦い想い出を背負って、頑張って生きて行きなさいね。
でも、ファニーっていろんな意味で、男にとって都合のよい理想の女性像として描かれているように思わないでもない(笑)。最後に「そうは問屋が卸さない」方へ持って行ってるから、コールドウェル先生としてはちゃんと帳尻合わせしているのかも知れない。しかしまあ、野郎どもからは「こんな女の子ってほんまにいるのかいな?」なんて声が上がって来そうだし(いるんだけどさ)、はたまた女性陣からは「男どもがまた悲しい馬鹿を言ってるね」なんて嘲笑と憐憫の声が聞こえて来そうだ(笑)。
冒頭にも書いたが、もしこの原文が高校時代、英語のリーダーなんかに載ってたりしたら、一体どんなことになっていたんだろうなどと考えてみた(笑)。「おい、さえき、そこのところ訳してみろ」なんて先生(それも一番反りが合わなかったS先生)に言われて「えっ、俺ですか?」と驚きつつ「Sのヤロー、ぜってーわざと俺に当てやがったな・・・」なんて内心舌打ちしながらそっと周りを観察すると、日頃俺としーちゃんの仲を快く思っていない男子連中や好奇心の塊の女子連中がひそひそとやっている。俺は、ちらっとしーちゃんの方を見ながら、頭の中では「超リアル訳か、それとも格調高く文芸調訳で行くべきか、はたまたヘタウマ風誤訳で笑いを取るか・・・」などと激しい葛藤の渦が逆巻いていたが、結局「超逆意訳」でやり過ごすことを決意する・・・つーか、決意せざるを得なかった。「えーと、ファニーは小さな布を身体から除去しました。苺は上半身にある二つの肉で出来た小高い丘の間で潰れていました。その丘は牛乳のように白く中央部は潰れた苺が乗っかったように真っ赤でした。僕はこらえきれずに、彼女を両腕で抱え込むと強く絞め上げて(プロレスのベアハッグかよ)長ーい間唇と唇の接触をいたしました・・・」なんてやったら、先生からは「お前なー、いくら何でももうちょっと訳し様があるだろう。 受験ではこんなの絶対にやるなよ」なんて嫌みを言われ「私の時はやさしくしてね。締め上げちゃいやよ」なんてことをささやいてもらえると思ったしーちゃんからは「あれ、何なの? 奎ちゃんってサイテー!」なんて言われたりしてさ、踏んだり蹴ったりの展開になってたような気がするよ(笑)。高校のリーダーに載ってなくて、ほんとによかったなあ(笑)。
とまれ(ここから真面目なあとがき)、訳書の中にはタイトルを『苺摘みの季節』としているものもあるが、読んでいただいた方ならお気づきのように、この作品における「苺」は単なる苺としての意味はもちろんであるが、ある「もの」、ある「こと」、ある「行為」についてのメタファー(暗喩)として設定されている。よって"Strawberry"を限定的な意味合いに留まってしまう「苺摘み」ではなく「苺」とする方が適当であると考え、そのようにタイトルを訳した。
では、この拙稿に最後までお付き合いをいただいた皆様に感謝を捧げつつ筆を置くこととしたい。


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