アースキン・コールドウェルの『苺の季節』を訳してみる [Part 1]

先日の記事「君の胸で野いちごをつぶしてみたかった ── 北海道のワイルド・ストロベリー」で少し触れたアースキン・コールドウェルの短編小説『苺の季節』を2回に分けてご紹介してみたいと思う。既にある翻訳を全部転載すれば、それはもはや引用ではなくなるし、何かと面倒なことになりそうなので、無謀の誹りは承知の上で自分で翻訳してみることにした。短篇小説というより、紙面にして2~3ページのショートショートとか掌編(しょうへん)小説とでもいうべき小品なので、お時間のある方はご一読いただければうれしく思う。
尚、原作者のアースキン・コールドウェルは1987年没であるから、原典テキストについては著作権フリーになっていないので掲載を見合わせている。もし、小生の拙訳をとっちめてやろうなどとお考えの方は、フォーマットが電子書籍ならばそれほどの価格はしないと思うので、入手されてご指摘等をいただければありがたい。
甘ったるいとか青くさいとか人それぞれ受け止め方は異なるだろうし、女性と男性でも感じ方は違うと思う。ただ小生について言えば、今回改めて翻訳しながら、初めてこの作品を読んだ時のときめきをそのまま感じていることに気がついた。これは、小生が当時のままの若さを維持しているためであると信じたいところではあるが、もしかしたら、あの時以来全く成長していないという証なのかも知れない。実際のところはどうなのか、何とも判断しかねているところだ。
『苺の季節』
アースキン・コールドウェル 原作 / さえき奎 訳
[Part 1]
早春、苺が熟れ始める頃になると、誰もが苺農園の収穫を手伝うためにあちこちに出向いて行った。よい気候が続いて苺の実りが豊かであれば、一枚の畑に35人から40人ほどの人が入ることもあった。中には一家総出で、収穫が終わるやいなや次の農園を目指して渡り歩く者もいた。彼らは納屋か、それがなければどこか適当な場所を探して寝泊まりした。苺の収穫時期は短いので、誰もが日の出から日没まで懸命に働いた。
僕等にとって苺摘みの頃は最高にうれしい季節だった。そこにはいつも大勢の女の子がいたし、彼女たちをからかったりするのが何よりの楽しみだったからだ。女の子の誰か一人が、うっかり列から離れてしゃがみ込み、ちらっとでも下着を見せようものなら、最初に見つけたやつはあらん限りの声を張り上げて叫んだものだ。それを聞いた仲間たちは大声ではやし立て、農園中の人にそのことを触れ回った。他の女の子たちは互いに顔を見合わせてくすくすと笑い、用心してスカートの裾を掴んで引き下げた。はやし立てられた女の子は顔を真っ赤にして、苺の籠を抱えて収穫小屋へと逃げ込んで行った。彼女が戻ってくる頃には、また列から離れてしまった別の子が標的になって笑われているという案配だった。
その中にいつも前屈みになり過ぎて、スカートの中を見せてしまうファニー・フォーブスという名前の女の子がいた。僕等はみんなファニーのことが好きだった。

僕等には、もうひとつ「苺潰し」と呼んでいる悪戯があった。女の子が一生懸命籠に苺を摘んでいる時、誰かがそっと後ろに忍び寄って、瑞々しく熟した大きな苺を服の中に落とし込む。苺は大体女の子の背中あたりで止まる。そこで僕等は苺をぴしゃりと叩いたんだ。苺は潰れてぐしゃぐしゃになり、赤い果汁が服に滲んで丸い大きな染みを作った。苺が直に肌に触れていようものなら、もっとひどいことになった。しかし、女の子たちはみな古着姿だったので、染みを気にしたりするものはほとんどいなかった。最悪なのは、そんなことではなく「笑われること」だった。誰もが苺を摘む手を休めて大笑いしたからだ。それが終わるとまた仕事に戻り、次の誰かが苺を潰されるまで何事もなかったかのように忘れて働いた。僕等は苺摘みが楽しくて仕方がなかった。
ファニー・フォーブスは、他の誰よりも苺潰しの標的になっていた。大人であろうが少年であろうが、男ならみんなファニーが好きだったし、彼女は決して腹を立てたりはしなかった。ファニーはとても可愛い娘だったんだ。
ある日、僕は苺がよく熟れている畑があることに気づいたので、そこへ行ってみることにした。たった2、3エーカーのちっぽけな畑だったので、狙いをつける者などまずいないだろうと思ったが、万が一誰かに気づかれる前に収穫してしまおうと考えたのだ。
僕が畑に着いた時、そこにはファニーがいて既に2列目の畝まで収穫を終えていた。僕が目論んでいたように、彼女もそこを独り占めしようとしていたのだ。他に誰もいないのなら、僕等はお互いを気にすることもなかった。
「やあ、ファニー」と僕は声をかけた。 「今日は何でまたガンビーさんの畑に来ようなんて思ったんだい」
「多分あんたの考えてることと同じよ」彼女はそう答えながら、片掌(かたてのひら)一杯の苺の砂を吹き払うと口に放り込んだ。
僕たちは隣り合って苺を摘み始めた。ファニーは摘むのが速く、僕はついて行くだけで精一杯だった。
あと一時間ほどで正午になろうとする頃、太陽が顔を出して空は快晴となった。苺は、僕等が摘み取る後から後へどんどんと熟れて行くようだった。ファニーは次の畝だけで1ダースの収穫箱をいっぱいにした。彼女は一日中摘み続けても、苺の中に一本の蔓だって紛れ込ませるようなことはしなかった。親指、人差し指、中指だけで三角形を作り、茎の付け根から苺を摘まみ採って行った。どんなに注意しても苺を潰してしまう者もいるというのに、彼女は決してそんなへまはしなかった。
(Part 2 へ続く)


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