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酒とソラの日々 / Lazy Days of Liquor and the Skies

酒のこと、空のこと、写真のこと、しーちゃんのこと、北海道のこと、気象のこと、映画のこと、詩のこと

移ろう光、傾く影

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さえき奎(けい)
巻雲光る #1「巻雲光る #1」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f11, 1/125sec., ISO100, WB:Daylight
巻雲光る #2「巻雲光る #2」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f11, 1/125sec., ISO100, WB:Daylight
 今日は早朝から巻雲デーだった。空のあちこちに巻雲が湧いて出ては消え、消えては湧いて出てして忙しい(笑)。俺は子供の頃から真性の巻雲マニアなので、久々にわくわくするような一日だった。夕刻近くなってから尾流雲も見えたし、幻日と上部タンジェントアークも出現したから、全く仕事が捗らなかったということは言うまでもない(笑)。

 宵の初めにベランダで一杯飲っていると、東の空に小望月が昇って来た。おそらく、全天に巻層雲がかかっているんだろう。春のようにぼうっとした朧な月だ。いいじゃないか。どんどんハイボールのお代わりをしてお月見をした。すっかり堪能したので、明日の中秋の名月なんぞはもうどうでもいいよ(笑)。

 さて残夏の9月は今日で終わり。明日からはポスト残夏の10月だ。いつもカレンダーをオーダーしている写真家S氏から、来年のカレンダーの案内状が届いた。今年のカレンダーをオーダーしたのが、つい数ヶ月前のような気がする(笑)。ジャネーの法則ってマジで発動されているんだなとつくづく思ったよ(参照:年を取ると時間がすっ飛ぶように過ぎて行く ── ジャネーの法則について書いてみる)。






夏の終わりとなりて光のやはらげばコスモスのかげ地には届かず  (小澤一惠)




夏になしたる会ふ約束の十月に入りて光は移ろひやすし  (小澤一惠)







出典:小澤一惠著 (『野火』 平成2年/1990年 沖積社刊)

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【再掲】 ねえ聞いて、短歌のような詩があるの! ── たった二行の行間に存在する「永遠」

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さえき奎(けい)
僕も知りたい、この永遠が・・・「僕も知りたい、この永遠が・・・」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f8, 1/250sec., ISO100, WB:Daylight
薄明光線を撮ろうとしていたら突然雲に孔が空いて「宇宙戦艦ヤマト」の波動砲みたいに強烈な陽光が放出された。

 ご心配をおかけしましたが、脱走していた隣家のにゃんこは、本日玄関先でにゃあにゃあと悲しげに鳴いていたところを無事に保護されました(笑)。何はともあれ、早く見つかってよかったです。

 「ねえ聞いて、短歌のような詩があるの」。いつものようにエリートに入って席に着くなり鞄からノートを取り出すと、しーちゃんは堰を切ったように早口でそう言った。そうしてノートを開くと一篇の詩を俺に読んでくれた。「摘んだ花ともらった花との間のいいようのないむなしさ・・・」。「えっ、それだけ?」「そうだよ。タイトルは『永遠』って言うの」。俺も口に出して読んでみた。すごくいい。今まで読んだことも聞いたこともないような不思議な感覚を抱かせてくれる詩だ。それが俺とイタリアの詩人ジュゼッペ・ウンガレッティの初めての出会いだった。その後もしーちゃんはノートに書き写した他の「短歌のような」詩を次々に読んで聞かせてくれた。「いいでしょう? 絶対気に入ると思った」「短歌のようなって例えはおかしいね。短詩って呼んでいいのかな」「摘んだ花ともらった花って何だと思う? 何かの比喩なのかなあ」「漠然とは感じるんだけど、この永遠って何だろうね。ずっと考えてるの・・・」。ウンガレッティを熱っぽく語るしーちゃんは、いつものクールでお姉さん然としたしーちゃんとは少し違って見えた。
 以来、ウンガレッティは俺のお気に入りの詩人の一人となった。彼は、簡潔のうちにも伝統的手法を超越した個性的な表現力によって20世紀イタリアの最高の詩人とも、20世紀文学界の巨人の一人とも言われている人だ。


"Eterno"

Giuseppe Ungaretti

Tra un fiore colto e l'altro donato
l'inesprimibile nulla


「永遠」

ジュゼッペ・ウンガレッティ

摘んだ花ともらった花との間の
いいようのないむなしさ



(三浦逸雄 訳)


出典:世界名詩集大成 第14巻 南欧・南米編(昭和35年/1960年 平凡社刊)

 何が永遠なのか・・・。「摘んだ花」と「もらった花」の間が永遠なのか、そこにある「いいようのないむなしさ」が永遠なのか・・・。いや、そうではなくタイトルの「永遠」を含む詩全体のうちに永遠が醸し出されているのではないのか、あるいは、そもそも花は何かの「メタファー」じゃないのだろうかなどと何度もしーちゃんと語りあった。「これだ!とは言えないんだけれど、読んでみると確かに行間から『永遠』を感じるんだよね」「行間って2行しかないけど、その2行の間にとてつもない広がりが存在するのかも・・・」「お前らには『永遠にわからんだろう』なんて意味かも知れないよ」などというところが二人のとりあえずの「ぼんやりとした」結論だった。
 その後、イタリア文学者でウンガレッティ研究の第一人者とされる河島英昭氏によって「全詩集」が翻訳、刊行されたので買い求めてみると・・・。


「永遠」

摘みとった花と贈られた花
その間にいいあらわせぬ虚しさ



(河島英昭 訳)


出典:『ウンガレッティ全詩集』(昭和63年/1988年 筑摩書房刊・平成30年/2018年 岩波書店 文庫版刊)

 うーん、どうだろう。三浦逸雄氏訳のような「永遠」性というか、そんな雰囲気があまり感じられない。それ以前に、読んでいて心にストレートに響いて来ないような気がする・・・。まあ、最初に触れた翻訳は脳裏にしっかりと刷り込まれてしまっているということもあるだろうし、そもそも翻訳と翻訳を比較してあれこれ言ってみても始まらないとは思うのだが、イタリア語はまったく理解できないのでどうしようもない。


「永遠の」

摘みとった花と 買った花との
あいだには いいあらわせぬ 無が



(須賀敦子 訳)


出典:『イタリアの詩人たち』(平成10年/1998年 青土社刊)

 こちらは同じくイタリア文学者の須賀敦子氏の訳。タイトルが「永遠の」になっているのと「もらった花」「贈られた花」が「買った花」になっているのがまず目につく違いだ。それとスペースを入れたのはなぜだろう。まあ、「もらう」にしても「贈られる」にしても、まず「買う」んだろうからそれでいいのかなとも思ったが、要はこの詩の「主語もしくは主体は一体誰(何)なのか」という問題なんだよね。考えていても埒が明かないので、とりあえずイタリア語→英語翻訳して確認してみる。うーん、これは「もらった花」でいいんじゃないかなあ・・・。それにしても、たった二行の短詩でさえ、いや短詩であるが故にと言うべきかも知れないが、翻訳によってこれほど受けるイメージも響きも違って来る。翻訳って本当に難しいし、怖いものだと思う。
 何はともあれ、ウンガレッティの「永遠」は、俺の人生において最も心に残る詩の一つになった。それだけは確かだ。


 ご参考までに、英語訳の一例をご紹介して本稿を終わりたいと思う。同じインド・ヨーロッパ語族に属するとはいえ、イタリック語派のイタリア語とゲルマン語派の英語では相当違うと思うが、少なくとも日本語より単語や構文の対応度がずっと高いことは間違いないので、関心のある方は是非比較してみていただきたい。


"Eternal"

Between one flower plucked and the other offered
the inexpressible nothingness



 しーちゃんはノートに何篇ものウンガレッティの詩を書き写していた。一度「本を借りたらいいのに」と言ったことがある。しーちゃんは「いいの。こうすれば覚えるし、自分のものになるような気がするから」と言って微笑んだ。そうなんだ。「書く、書いてくれる」ってことがしーちゃんの「素敵な標準仕様」なんだよ。あのインク、あの筆跡でね。話が一段落するとし-ちゃんはいつも「知りたいなあ、あの永遠が・・・」と呟いた。俺は、ウンガレッティを熱く語るしーちゃんの熱を確かに感じながら「この時間が永遠に続いてほしい」と願った。






「ねえ聞いて、短歌のような詩があるの!」ウンガレッティを読む君の熱  (まるひら銀水)




「知りたいな、あの永遠を」君が言う 僕も知りたいこの永遠が  (まるひら銀水)






出典:『さえき奎の頭の中のどこか』
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風清弊絶 ── 清けき空に願う

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さえき奎(けい)
風清幣絶 ── 清けき空に願う「風清幣絶 ── 清けき空に願う」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f16, 1/60sec., ISO100, WB:Daylight
 今日は、久々に朝からスカッと晴れ上がった。昨日も午後からは陽が射していたんだが、目覚めた時から晴れているのとは全然違うんだよね。最高気温も27度まで上がって、すこぶる気分がいい。考えてみれば、これが平年の気候なんだよね。それにしても、徹底して陰鬱に陰湿に陰険に行こうとするのが今年の天候らしい(笑)。こういう鬱々たる日々をよい季節だと感じる人達の感性を、俺が理解できる日は永遠に来ないだろう(笑)。
 昨夜はどうしようかと迷っていたんだけど、結局遅くなってから『サイドカーに犬』を観た。彼女の出演作の中で一番気に入っている作品だ。まあ、冷静に観ようとは思っていたんだけれど、結局うるうるしちまったよ。もちろん深酒もしちまったよ(笑)。つい先日も『シルク』と『悪夢のエレベーター』を観てうるうるしたばかりなのに、もうこんなのは勘弁してほしいんだよね・・・。
 暗くなってからチャイムが鳴った。誰だろうと思って出てみると、左隣の方だった。話を聞くと、にゃんこがいつの間にか脱走してしまったらしく姿が見えないそうだ。にゃんこの脱走といってもいろんな子がいて、外へ出たもののすぐに恐怖を感じてにゃあにゃあ鳴いて戻ろうとする子と、訳のわからないままにふらふらとどこかへ行ってしまう子がいるらしい(笑)。隣家の子は後者のタイプらしく、ここへ越して来る前にも一度脱走して数日行方不明になったそうだ。室内飼いなので、一旦離れてしまうと自分の家が認識出来ないだろうし、さぞかし心配だと思う。俺が夜更かし人間だということを知っているらしく、鳴き声に気づいたら真夜中でも知らせてほしいと依頼された。うーん、知らせてあげたいのは山々なんだけど、ここいらにはけっこうな数のにゃんこがいるから、真夜中にたたき起こして違うにゃんこだったらヤバいよね。どうしたらいいんだろう・・・。






おどろいたあなたの股をくぐりたい橋を見上げて川原をくだる




すんなりと酔ってあなたは似顔絵になりやすそうな顔をしている




めずらしい雨にあなたの町を出るバスが遅れてすこし話した







出典:山階基著 『風にあたる』所収 (短歌研究社 令和元年/2019年刊)

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Alone / 独りぼっち [くすんだ灰色の世界の至高の頂きに独り立つ ── サラ・ティーズデールの詩を訳してみる 第10回]

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さえき奎(けい)
Alone"Alone" Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f16, 1/125sec., ISO400, WB:Daylight
 今宵はまたサラ・ティーズデールの詩をご紹介してみたいと思う。「孤独」は彼女の名刺代わりみたいなモチーフだ。以前ご紹介した中にもずばり"The Solitary"「孤独」という作品がある(参照:The Solitary / 孤独 [花が花であるように、石が石であるように、私は私だ ── サラ・ティーズデールの詩を訳してみる 第2回])。いつも書いていることだが、同じように死や孤独を描いてはいても、クリスティーナ・ロセッティと決定的に違うのは、サラがそこに安寧を見出していないということだ。ただ、それが彼女の本心であるのかどうかは俺にはわからない。

"Alone"

Sara Teasdale

I am alone, in spite of love,
In spite of all I take and give—
In spite of all your tenderness,
Sometimes I am not glad to live.

I am alone, as though I stood
On the highest peak of the tired gray world,
About me only swirling snow,
Above me, endless space unfurled;

With earth hidden and heaven hidden,
And only my own spirit's pride
To keep me from the peace of those
Who are not lonely, having died.




「独りぼっち」

サラ・ティーズデール

私は独りだ
愛があろうとも、望むもの全てを与えられようとも、
あなたの優しさがあろうとも、
人生に喜びを見出せないことがある

私は独りだ
周りがひたすら吹雪く中、無限に広がるくうを仰いで
くすんだ灰色の世界に屹然として聳える
至高の頂きの上に立ちすくんでいる

最早地も見えず、天も見えず
自分の魂の誇りだけを抱き続ける
孤独を知らぬ者や逝ける者たちが得る心の安らぎは
私とは永劫無縁のものだ



(さえき奎 訳)



 この記事を書いていて、唐突に小澤一惠さんの歌を思い出した。



地上に全く一人となりたるごと歩む梅咲く岸辺に霧わきてきて



出典:小澤一惠 「霧のささめき」より 『歌集 野火』所収(平成2年/1990年 沖積社刊)


  第9回へ戻る:Let It be Forgotten / 忘れてしまいましょう [時は人を老境へと誘う心優しき友なのです ── サラ・ティーズデールの詩を訳してみる 第9回]  


  次回へ続く : 掲載時期未定  



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風流雲散 ── 雲はいつだって儚いもの

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さえき奎(けい)
巻積雲二態 #1「巻積雲二態 #1」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f11, 1/500sec., ISO100, WB:Daylight
巻積雲二態 #2「巻積雲二態 #2」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f11, 1/500sec., ISO100, WB:Daylight
 上掲の画像は、最初は毛状巻層雲かと思うような雲が現れて(#1)、それがたちまち波状巻積雲となった様子だ(#2)。この間はわずか2分程度だった。
 巻積雲(いわし雲・うろこ雲・さば雲)高積雲(ひつじ雲・むら雲)は、雲に興味を持ち始めた人を悩ませる雲なんだけど、少し慣れてくれば同定はそれほど難しいものではない。その一例を挙げると、高積雲は広い範囲に現れることが多く、時には全天を覆うこともあるが、巻積雲が現れるのはもっと狭い範囲に限られるということだ。全天を覆うようなことはまずないし、半天に広がることも希だと思ってもらってかまわない。さらに巻積雲は、その形状を保っている時間、寿命といってもよいが、非常に短い雲だということだ。今見えていたかと思うと、目まぐるしく姿を変え、あっという間に消散して行く。但し、本当に同定が難しいケースも確かにある。迷ったら高積雲にしておくのが無難だ(笑)。
 夜半過ぎに外へ出ると、オリオン座の勇姿が東の空に昇って来る季節になった。昨季、光度の異常な低下で、もしや超新星爆発の前触れではないのかなどと騒がれたベテルギウスも、どうやら今季は安泰のようだ。但し、リゲルよりは明らかに暗いのが少し気になる。まあ、超新星爆発をわくわくしながら待っていた人もいたようなんだけど、俺の眼の黒いうちには勘弁してもらいたいと切に願っている。あのオリオン座の形が崩れてしまうなんて、あまりにも悲しすぎるじゃないか。同時に「冬の大三角形」が消滅してしまうということなんだからさ。
 今宵は、シメジご飯を炊いてみた。最初はシメジのホイル焼きにしようと思って買って来たんだが、今日になって気が変わった(笑)。シメジと言っても、ブナシメジのことじゃなくて大黒本しめじのブランド名で販売されているホンシメジの栽培品だ。販売開始当初はけっこうな値段がしていたものの、最近は5本くらい入ったパックが300円くらいで買えるのがうれしい。そういえば、2021年の商品化を目指すと報道されていたあのバカマツタケの栽培は、その後どうなったんだろうか(参照:名は必ずしも体を表さない ── マツタケとバカマツタケ)。一昔前までは不可能と思われていたマイタケもホンシメジも栽培に成功したことだし、もし「大黒本しめじ」くらいの値段だったら週一で土瓶蒸しをやりたいと思っているんだよね。絶対に庶民の期待を裏切らないでほしいものだと、切に切に願うものだ(笑)。

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秋冷は決して秀麗なんかじゃない ── 醜霊だ!

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さえき奎(けい)
秋冷は決して秀麗なんかじゃない「秋冷は決して秀麗なんかじゃない」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f16, 1/60sec., ISO100, WB:Daylight
 今日も絶不調の一日(笑)。朝から冷たい雨が降っているし、仕事は捗らないし、届いた本が二重オーダーだったりして踏んだり蹴ったりだ(笑)。

 先日、山茶花の早咲きのことを書いたんだが、今朝隣家との境に植えている紅カナメに新芽が出ているのに気がついた。紅カナメというくらいだから、新芽はきれいな茜色をしているのですぐに気がついたんだよね。まあ、花じゃないので「狂い咲き」とは言わないんだろうが、これも長梅雨のせいなんだろうな。気になるというよりイラッとする(笑)。

 少しでも気分を変えようとEmmylou HarrisやNanci Griffithを聴いてみる。こんな時にはカントリー系に限るんだよね。と、思ったのに"Once in a Very Blue Moon"なんて泣けて来るじゃないの(笑)。ヤバい、全然気分転換になってないや(笑)。
 
 5時になったので、とりあえず一杯飲る(笑)。仕事が残っているので、ごく薄めのモヒートもどきをシークヮーサー多めに入れて飲ってみる。ああ、染みるね(笑)。ということで、次はフォーク系だけどJudy Collinsに行ってみる。"Who Knows Where The Time Goes?"に"Hey, That's No Way To Say Goodbye"・・・たまらんなあ。もう仕事は明日でいいや(笑)。






恋、結婚、運転、子育て、引っ越しの「する」は「しない」よりも偶然  (俵万智)




戦争は羽生結弦を滑らせず藤井聡太に将棋をさせず  (俵万智)







出典:俵万智 『未来のサイズ~夏のおりがみ編』所収 (「短歌」 令和2年/2020年10月号 角川文化振興財団刊)


 第二首の「将棋をさせず」に一瞬「何で『指せず』?」と不思議に思ったんだが、よく考えてみれば、この「させず」は文語体のサ変動詞「す」の未然形に使役の助動詞「せる」と打ち消しの助動詞「ず」が付いたもの、つまり「させない」「やらせない」という意味だとわかった。でも、やはりこれでは違和感が残る。字余りだろうが何だろうが、ここは「指させず」とするべきじゃないのかな・・・。そもそも「将棋をする」なんて、文法的には間違いではないにしても、コロケーションとして正しいとは言えないだろう。それに羽生クンの方はちゃんと「滑らせず」なんだからさ、ちぐはぐな感じは否めないんだよね。俵サンは、将棋は「指す」ものだとご存知なかったんだろうか? ああ、またイラッとしてしまったよ(笑)。

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秋冷憂愁幾百里望郷 ── ピュアホワイトをコーンウイスキーで飲ってみる

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さえき奎(けい)
光彩眼に染みて #1「光彩眼に染みて #1」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f11, 1/500sec., ISO100, WB:Daylight
光彩眼に染みて #2「光彩眼に染みて #2」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f16, 1/2000sec., ISO100, WB:Daylight
 台風12号が通過した後には一気に秋が深まるかと鬱々としていたんだが、そんなこととは関係なく、日々秋冷は確実に忍び寄って来ている。さすがのアオゴキブリ(アオマツムシ)たちの鳴き声も弱々しい(笑)。

 数日前、波状巻積雲を撮影していたら、久しぶりに光環と彩雲が出現しているのに気がついた。そういえば、あの長梅雨の間は当然として、短かかった夏の間にも光彩、つまり大気光学現象を見る機会が少なかった。そうした意味でも、俺的に今夏は異常だったと改めて思ったりした。

 追加でオーダーした北海道のピュアホワイトが10本届いたので、昼からせっせとレンチンしては冷蔵・冷凍保存した。生のまま放置すると、どんどん旨味が抜けて行くので、これが最善の調理・保存法だと最近知った。なんて、エラそうに書いているが、産直してもらった農場のチラシの受け売りなんだよね(笑)。それにも書いてあったんだけど、レンチンがトウキビの調理法としてはベストであることは間違いない。これは、道産子として、子供の頃からの大のトウキビ好きとして、俺の揺るがぬ確信、いや信念である(笑)。

 一番でかくて美味そうなのを昼飯として食したんだけど、何だか望郷の念に駆られて切ない気持ちになった。昔はピュアホワイトみたいなスウィートコーンなんぞはなかったし、そもそも釧路に帰ろうがどうしようが、もうしーちゃんはいないのに、俺って本当に馬鹿だね。でも、帰りたいんだよ・・・。

 ピュアホワイトをかじりながら、平日の昼間だってのに、コーンウイスキーをちょっとだけ飲った。






馴染みきし霧笛はけふを限りとし釧路の街に響く日あらず  (前田紀子)




ひろげ置く春採湖はるとりこの図面に差すひかりみずどりあまた誘ふやうに  (前田紀子)







出典:前田紀子著 『春採湖』所収 (不識書院 平成27年/2015年刊)


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遥けき影、遠い日々

14 Comments
さえき奎(けい)
遥けき影「遥けき影」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f8, 1/60sec., ISO400, WB:Daylight
これが何かというと「反薄明光線」だ。

 昨日の記事でご紹介したポークロース肉のガーリック焼き(ニンニク焼き)は、多くの読者の皆様から関心を持っていただいたようだ。ビーフのガーリック・ステーキというメニューなら昔からあるんだけど、いわゆる洋食風のポークのガーリック焼きは、実はあまり見かけあことがない。俺も『孤独のグルメ』を見るまでは知らなかったし、ポークならしょうが焼きの方がずっと一般的なメニューだからね。とにかく、少しでも関心を持っていただけたのなら、基本的にはしょうが焼きのニンニク・バージョンだと思ってもらえれば間違いないし、ググれば多くのレシピも紹介されているので、ご参照の上一度は食卓に載せてみていただきたいメニューだ。
 昨夜は、ふと気になったある擬態語をオノマトペ辞典で引いてみたら、そこから面白くなって次々に読み進めてしまった。早く寝なきゃとは思うんだけど、こうなったらもう止まらないんだよね(笑)。やっぱり辞書って「引くもの」ではあるんだけど「読むもの」でもあるんじゃないかと改めて思ったよ(笑)。明け方まで1/3くらい読んだところでとりあえず止めたんだが、今夜も続きを読んじまいそうで恐い(笑)。
 関東地方を直撃との予報も出ていた台風12号は、どうやら大きく東へ進路を変えて上陸は免れそうだ。一時は昨年の台風15号のことを思い出してぞっとしたが、とりあえず安心した。しかし10号、11号のコースと比較してみれば、季節的にはあまりにも東へ寄り過ぎていると思う。それだけ太平洋高気圧が衰退しているということなら、正直言ってあまり嬉しくはない(笑)。






より似合う彼女にぬくいジャケットをゆずり晩夏の使命を果たす  (山階基)




腕にいま袖が足りないぽかーんと秋の手前にあらわれる坂  (山階基)







出典:山階基著 『風にあたる』所収 (短歌研究社 令和元年/2019年刊)


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