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酒とソラの日々 / Lazy Days of Liquor and the Skies

酒のこと、空のこと、写真のこと、しーちゃんのこと、北海道のこと、気象のこと、映画のこと、詩のこと

I'll Laugh and I'll Cry and I'll Sing ── 人生っていろいろあるから

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さえき奎(けい)
人生っていろいろあるから「人生っていろいろあるから」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f11, 1/500sec., ISO100, WB:Daylight
 昨夜、正確には今日の未明なんだけど、久しぶりに「明晰夢」を見た。前回初めて「これは明晰夢」だと認識した時は、ある程度「コントロールしている」「出来ているようだ」という実感があった程度だったんだけれど、今朝の夢は自分の思うとおりにストーリーが進行しているという確信があった。何というのかなあ。自分の書いた脚本が、映画やドラマのようにリアルタイムで再現されているというのではないんだよね。自分の願望や意思が確かに反映されながら自然に展開されていて、それを知覚し、確信しながら成り行きを見守っている、そんな感じなんだよね。
 夢を見ながら「これは夢だ」と認識しつつ、その時点で夢を終わらせないのがその始まりだというのは前回と同じだと思った。残念ながら「さあ、今夜は明晰夢を見よう」と思うと必ず見られるとかいう、そんなレベルではないことだけは確かだ。でも明晰夢ってすごい快感なんだよね。あ、快感というのとはちょっと違うか(笑)。上手く書けないんだけど、すごく満ち足りた気分になるというか、目覚めた時に何とも言えない幸福感と充実感に包まれているんだよね。内容について詳しく書けないのが残念なんだけれど、そんな体験なんだよ。すぐに明晰夢ついて書かれた本を3冊オーダーしてしまったほどだ(笑)。
 ただ明晰夢は、チャネリングだとかスピリチュアルだとかお告げだとか予知だとか、そういう与太話の類とは全く無縁のものであることだけは確かだ。あくまでも自己の精神と意識の内なる現象だという確信はあるんで、それだけは誤解のないようにお断りしておく。だからオーダーした3冊もそういうキワモノ的なものではなく、学者や研究者の書いた真面目な本なんだよね(笑)。
 今日は2ヶ月ぶりに、高血圧と高尿酸の薬をもらいに病院に行った。緊急事態宣言解除後初めてだし、もういつものように患者であふれかえっているかと思ったら、何とガラガラだった(笑)。前回のように内科待合室に二、三人という感じではなかったが、いつもなら診察で待たされ薬局で待たされして2時間以上かかることも珍しくないのに、今日も30分もかからなかった(笑)。前回も書いたんだけど、あれほど待合室にあふれ返っていた患者達は一体何処へ消えてしまったんだろう(笑)。
 所在不明なったマドラーが探しても出て来ないし、割り箸でステアすると酒の味まで変わってしまうような気がする。そこで新潟県が世界に誇る金属加工の街、燕三条ブランドのチタン製マドラーを発注してやった(笑)。ステンレススチールなんかじゃなくて、原子番号22、元素記号"Ti"、遷移金属元素の"Titan"だからね。これなら、万が一古いマドラーが出て来ても「しまった!」なんてことを思ったりしないだろうし、究極のモヒートもどきも、さぞかし美味く出来ると思う。届くのが楽しみだ(笑)。

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【再掲】 「人生を変えた一冊」について語ってみたいけど、人生変えるのが面倒くさい・・・!

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さえき奎(けい)
201906201858550fa.jpg 「人生を変えた一冊」について語ってみたいけど、人生変えるのがめんどくさい・・・!「バーナード嬢 こと 町田さわ子嬢」
画像出典・記事タイトル引用:『バーナード嬢曰く。』第3巻(施川ユウキ著/一迅社/2016年刊)
ご存じでない方のために少し説明すると施川ユウキ氏作『バーナード嬢曰く。』は、ヒロイン町田さわ子と三人の友人が図書室に集い、様々な名著や作家あるいは読書スタイルやエピソードなどについて時には熱く時にはクールに語り合う書評・読書ウンチク・コミックの大傑作である。私が贔屓にしている神林しおり嬢については「課題図書と読書感想文を直ちに廃止せよ!」にてご紹介させていただいたので、今回はヒロインである「バーナード嬢」(略して"ド嬢"ともいう)町田さわ子嬢にご登場いただいた。「いかにして本を読まずに読んだ風に語れるか」「いかにして振る舞えば読書通に見えるか」という不純で不真面目な読書スタイルが信条である。「バーナード嬢」というニックネームは、さわ子がバーナード・ショー(アイルランドの文学者・評論家)の名前をバーナード・ジョーと勘違いしていたことから読書仲間の遠藤が命名した。

 将棋の王位戦七番勝負第一局は、挑戦者藤井聡太七段が木村一基王位に先勝した。既に2勝している棋聖戦五番勝負とタイトル戦の同時進行なんだけれど、王位戦は持ち時間が各8時間という二日制の対局だ(棋聖戦は持ち時間各4時間の一日指し切り制)。一日目には「封じ手」(二日制の対局の場合、規定時間経過後手番の棋士は指し手を紙に書いて封をする。実際に指してしまうと、相手が一晩考える余裕が生じてしまうという不公平を回避するための手段)などという初体験のイベントがあったりするので少し心配していたが、一日目から優位に立った藤井七段が一方的に攻めまくり、95手という短手数の堂々たる完勝だった。余りにも強すぎる。ここまで強いと何だか空恐ろしいという感じもするんだよね(笑)。
 さて、本稿は昨年6月に掲載した記事に加筆・修正したものだ。例によって、俺の読書歴や読書観というものを勝手気ままに書き殴っているだけなんだけれど、どうか暫しの間お付き合いをお願いする次第である。

 「人生を変えた一冊」・・・そんなものあるだろうか。「人生を変えた」とまでは言えなくとも、この本に出会っていなければおそらく現在の自分とは違う人間になっていたんじゃないかと思えるものならある。自分の手控えとしてちょっと書き出しておくことにする。
 次の2冊と32巻は小学生から中学生の頃にかけて読んだ本だ。

『科学の事典』第2版(岩波書店 1964年刊)
 親父がなんかの景品でもらったとか言ってたが、家の物置にほこりだらけになって放置してあったのを見つけた。これはある意味では確かに自分を変えたと言える一冊。1000ページ以上ある厚い本だが、特に何かの項目を引くというのではなく1ページ目から順に読み始めたら面白くてやめられなくなり、何度も繰り返し読んだ。私の事典・辞書類を頭から読むという楽しみはこの一冊から始まったと言っても過言ではない(笑)。反日パヨク系出版社の権化みたいな岩波書店広辞苑をはじめとする人文科学系の辞書類は触るのもおぞましいクソばかりだけど、これはまあ自然科学系の事典なのでよしとしておこう(笑)。

『北海道地図帳』(北海道新聞社 刊行年不詳)

 親父もお袋も道産子だから不思議ではないが、たまたま家にあった大型地図帳。これも自分の地理好きを決定づけてくれた一冊。北海道全図と14支庁管内(現在の総合振興局・振興局管内)毎の詳細地図帳。『科学の事典』同様どこかの場所を調べるというのではなく1ページ目から繰り返し読んだ。地図だから眺めたというべきかも知れないが、隅から隅まで舐めつくすように読んで全道の地形や河川、山岳、市町村の名称と位置を頭に刻み込んだ。小学校高学年から使い始めた社会科の地図帳があまりにも貧相過ぎて悲しかったので、親にねだって日本大地図帳を、次いで世界大地図帳を買ってもらい、また1ページ目からくまなく読んだ。

『グランド現代新百科事典 全32巻』(学習研究社 1970年刊)
 さすがに家にはなかったので学校の図書館で読んだ。毎日通って第1巻の1ページから順に読み始め一巡したので、二巡目に(二巡目だとまた別の発見があり楽しい)入ったのは確かだがどこらあたりまで行ったのかまったく覚えていない(笑)。

 うーん、事典や辞書を1ページ目から読むというのは「馬鹿じゃん」と思われるかも知れないが、もしとりあえず読む本もなく、時間を持て余しているようなことがあったら一度試してみてほしい。もしかしたらその面白さに目覚めるかも知れないよ。ホントだべさ。だけど「保証するか」なんて言われてもこまるっしょー(笑)。
 いささか古い本ばかりなので、最近のものを挙げてみると・・・。

『現代語から古語が引ける 古語類語辞典』(芹生公男編・三省堂 1995年刊)
『現代語古語類語辞典』(芹生公男編・三省堂 2015年刊)

 「人生を変えた」とまでは言わないけれど、この二冊がなければ自分の書く文章は今とは全く違ったものになっていたことだけは確かだ。ベーシック版とでもいうべき『現代語から古語が引ける 古語類語辞典』を1995年に刊行。その際に序文を書いた国語学者金田一春彦先生より同書をさらに発展させ「収録された古語を時代順に並べその使われた時代を付記してはどうか」「現代語であっても昔使われた語は昔の語として記載すべきだ」という提言があった。それを受けて1995年より編纂に着手、20年の歳月をかけて2015年に刊行された『現代語古語類語辞典』は、芹生公男先生のライフワークともいえる現代語から古語まで一元的に引ける総合類語辞典である。この「一元的に引ける」というところに注目してほしい。
 例えば「愛」という言葉を引くとこんな感じである。「アムール(フランス語 amour)」「エロス(ギリシャ語 Eros)」。〔近代〕ラブ(love) 。〔中世〕あいちょう[愛寵]。こころざし[志]。〔中古〕あいこ[愛顧]。あはれ[憐]。おもひ[思]。じあい[慈愛]。ちょう[寵]。ちょうあい[寵愛]。〔上代〕あい[愛]。じんあい[仁愛]・・・(以下略)。現代から近代、近世、中世、中古、上代の六つの時代区分毎に類語がずらっと掲載されている。
 タイトルに「類」という文字がみえるが、実は「類」をみないユニークな辞書である。プロでもアマでも学生でも、散文であろうが詩であろうが短歌であろうが、おおよそモノを書く人なら必須のアイテムだ。これほど有用な辞書はどこを探してもないだろう。残念なことにもう版元にも在庫がないらしい。一時品切れで入手困難になっていたが、その後増刷されたらしく再び入手可能となったことはうれしい限りだ。決して安くはない辞書だが、文に親しむ者なら座右の書としておきたい一冊だと思う。

引用:『現代語古語類語辞典』(芹生公男編・三省堂 2015年刊)
現代語古語類語辞典25時
画像(左)出典:『現代語古語類語辞典』(芹生公男編・三省堂 2015年刊)
画像(右)出典:『25時』((原作:コンスタンティン・ヴィルヂル・ゲオルギウ/訳:河盛好蔵・筑摩書房 1950年刊)

 こうして書き出してみるとノンフィクションばかりだ(笑)。フィクション分野ではなかなか思いつかない。どうしようもなく泣けた一冊(『壬生義士伝』など)とかずっと心に残っている一冊(『ワインズバーグ・オハイオ』など)とかめちゃ面白かった一冊とか(『RDG レッドデータガール』など)ならあるんだけど・・・。まあ、フィクションに「人生変えられてたまるか!」というのも本音なんだけどね。フィクションでも「『変えた』と思っていた(が実は違ったという)一冊」なら山ほどあるある(笑)。あ、そういえば小説が一冊だけあった。これを忘れてちゃいかん。

『25時』(原作:コンスタンティン・ヴィルヂル・ゲオルギウ/訳:河盛好蔵・筑摩書房 1950年刊/角川文庫 1967年刊)
 ちなみにデイヴィッド・ベニオフ原作の小説で、2002年に映画化もされた『25時』(25th Hour)とは同タイトルだが全く別の作品だ。
 中学生時代、図書委員をやっていた時、先生が廃本(不要になった廃棄予定の蔵書)の山の中から「欲しいものがあったら持って行っていいよ」と言うので、何冊かもらって来た中にあった古ぼけた一冊がこの本との出会いだった。内容は知るよしもなかったが『25時』というタイトルにすごく惹かれるものがあった。さすがに中学生時代にはちょっと手に負えなかったが、高三になったある夜、何気なく読みはじめたらやめられなくなり、結局徹夜して読破した。あまりの衝撃にそのまま学校を休んでしまったほどだ(笑)。
 かいつまんで言えば、第二次世界大戦前後にかけてのヨハン・モリッツというルーマニア人の話なんだが、モリッツの妻に横恋慕したドイツ兵が彼をユダヤ人と偽証して収容所送りにするところから始まり、その後13年に渡って数奇な運命に翻弄されて行くという物語だ。「25時」とは「最後の時間の後に来る時間」のことであり「メシア(救世主)の降臨を以てしても何も解決されない時間」を意味している。つまり「究極の絶望の時間」のことだ。1949年、ルーマニア人であるゲオルギウがこの小説を最初に上梓したのは、彼の母国ではなくフランスだった。第二次大戦終結から4年、ソビエト連邦の台頭とともに東西陣営の冷戦構造が明確になって来る頃である。この時点で既に「ロシア(ソ連)は共産主義革命の後、西洋の技術革命の最も前進した一部門になった。(中略) ロシアは野蛮人だけが、原始人だけが出来たような方法で西洋を模倣したのだ」と喝破しているところがすごい。
 ラストを思い返すと今でも涙がこぼれる。戦争が終結し、ようやく辿り着いたアメリカ軍のキャンプで、モリッツは家族とともに敵国人として尋問を受ける(戦時中ルーマニアは枢軸国側だった)。モリッツはアメリカ軍将校の質問にこう答えるのだ。少し長いが引用してみるのでお付き合い願いたい。

1938年に私は、ルーマニア人としてユダヤ人キャンプにおりました。1940年には、ハンガリー人としてルーマニア人キャンプに。1941年にはハンガリー人キャンプに、ドイツ人として。1945年にはアメリカのキャンプに。(中略)キャンプ生活13年間。私は18時間だけ自由でした。それからここに連れて来られたのです・・・。──笑って! とルイス中尉は言った。彼の写真機のレンズはヨハン・モリッツとその家族の方へ向けられていた。(中略) 彼はスザンナ(妻)を見守った。彼は末の子を見守った。そして暗い気持ちになった。涙がこみ上げて来た。笑うように命じられても、どうにも笑えなかった。(中略) もう遠くへ行くことは出来なかった。誰も、これ以上遠くへ行くことは出来ないのだ。──笑って! と将校はヨハン・モリッツを見つめて命じた。──笑って! 笑って! 笑ったままで・・・・・・。


 戦後かなり広く読まれたそうなので、年配の方ならご存じの方も多いかも知れない。今でも新聞のコラムなどで「今は25時なのか?」などと引用されることがある。残念ながら、この作品は現在ではもう入手することができない。しかしソビエト連邦が崩壊し、共産主義が幻影であったと判明した現在でも、作品の真価と有意性はいささかたりとも失なわれていないと思う。

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A Million Tomorrows shall All Pass Away ── 明日は明日の風が吹く

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さえき奎(けい)
A Million Tomorrows shall All Pass Away ── 明日は明日の風が吹く「A Million Tomorrows shall All Pass Away ── 明日は明日の風が吹く」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f11, 1/500sec., ISO100, WB:Daylight
この程度の夕陽じゃ俺は泣かない・・・なんてことを思いながら、大楠の上に仄かな尾流雲が見えて、塩味っぽいモヒートもどきを何杯もお代わりしてしまった宵だった。

 今日もジトジトジメジメの一日だった。湿気が大の苦手な俺としてはもうたまらん・・・。気温はさほど高くはないが、室内でも湿度が60%を超えている。さすがに冷房とまでは行かないが、除湿を一日中かけていた。でも、これだけは言っとくよ。秋のあの辛気臭い空気感よりはずっとましだってことだけはさ(笑)。ああ、限りなく感性の鈍い人になりたい(笑)。あ、これって俺の妄言なんでどうか笑って見過ごしてやってください。特にしつこく匿名メールをくれる某パヨクの方、あんたのこと言ってる訳じゃないんだけど、ごめんね。どうか、いつぞやみたいに脊髄反射だけはしないでくださいね。冷静に、冷静に(笑)。
 一昨日の記事について、イオママさんから頂戴したコメに懐かしの某ヒットナンバーのことが紹介されていたんだよね。それを参考に、当初は「いいじゃないか、今がよけりゃ」だったんだけど「いいじゃないの、今がよけりゃ」にタイトルを変更させてもらった。こっちが断然しっくり来るんだよね。ありがとうございました。
 で、イオママさんが照れていたように、その歌では「〽くちづけをして・・・」なんて歌っているんだけど、この単語って最近あまり使わないよね(笑)。もっと昔なら「接吻」なんて言ったんだけど、若い人は知らないだろうなあ(笑)。さらに遡れば、江戸時代には「口吸くちすい」とか「口口くちくち」「口中こうちゅう」なんて呼んだらしい。「口口・・」なんて実に描写的でいいと想うなあ(笑)。だけどこの行為ってさ、別に西欧の専売特許でその習慣が最近我が国に移入されたって訳じゃないんだよね。ちゃんと浮世絵なんかにも残っているし、考えてみればすぐにわかるんだけど、愛し合う男女がいれば必然的行為なんだからさ(笑)。でもこういう行為に、照れ隠しに外来語を使うことはすごく便利だということは俺だって認めるよ(笑)。フランス語だと「ベーゼ/Baiser」だしね。「君との別れのベエゼ今も忘れじ・・・」なんてね(笑)。そこへ行くと「口吸」「口づけ」「接吻」なんて言葉は、日常会話で口にするのはちょっと気恥ずかしいよね(笑)。「ね、接吻して・・・」「え、切腹するの?」なんてさ(笑)。
 漫画家くらもちふさこが描いた『天然コケッコー』という名作がある。山下敦弘監督で映画化もされたのでご存じの方も多いと思うんだけど、そよ(夏帆)と広海(岡田将生)が、ファーストキスをしようとしてお互いの歯がガツンとぶつかるシーンは胸が熱くなった。何故なら俺もまさにそうだったからさ(笑)。
 切ないよなあ・・・(笑)。まあ、そういうことを想ったりしたので、仕事が終わってからしこたま飲んでやろうと濃~いモヒートもどきを作りにキッチンへ行った。所定の配合を終えてマドラーで軽くステアしようとしたら、そのマドラーが見当たらないんだよね。安物だけど、もう20年以上も愛用しているマドラーなので焦った。10分ほど懸命に探したんだけどどこにもない。ヤバいよね。まさかと思うんだけど、昨夜生ゴミの日だったから酔っ払って捨てちまったとか・・・。いやあ、それだけは信じたくない(笑)。




「チューしちゃえよ」悪魔の囁きはねのけて「天使」しちゃったばか


天使告ぐ「チューするが主の心ぞ」何だよそれはもう遅いって





出典:『僕のしーちゃん ── 三つ葉のクローバーが運んだ至福
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【再掲】 ミツバってお金出して買うものだったの? ── 故郷の山菜について語ってみる

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さえき奎(けい)
ミツバってお金出して買うものだったの?「ミツバってお金出して買うものだったの?」 Canon EOS 5D Mark II, EF 24-105mm F4L IS USM, f5.6, 1/60sec., ISO100, WB:Daylight
木漏れ陽に浮かび上がった野生のミツバ。ミツハはこのようにあまり陽の射さない山林を好む。ここに写っているのは大半がミツバであるが、左下の2本は猛毒のエゾトリカブトの新芽だと思われる。葉がミツバ同様に3深裂するが、側小葉は更に2裂していて一見5裂葉のように見えるのが特徴だ。他にキツネノボタンらしきものも見えるがこれも毒草だ。トリカブト属の仲間やキツネノボタンは、食用となるセリ科のミツバやニリンソウ、イチリンソウといった同じキンボウゲ科の植物と混生することが多い。慣れた人なら判別は難しくないが、摘むときにうっかり混採してしまうこともあるので要注意の毒草だ。実は、撮影時には全く気がついていなかった(笑)。

 今日は所用で出かけたついでに、本当に久しぶりにチャーシューメン大盛り+ライスを食べて来た。気がついたらライスも大盛りでオーダーしていた(笑)。もちろん、まず最初に「チャーシュー・メンマ丼」をこさえて食べたことは言うまでもないんだけどね(笑)。満足したかって? そりゃあ、満足したよ(笑)。ということで、今夜の晩飯はレタス・トマトサラダとミニ冷しゃぶだけなんだよね(笑)。
 さて本稿は、昨年6月に掲載した記事を加筆・修正したものだ。子供の頃から親しんできた故郷北海道の山菜をご紹介させていただきたいと思う。暫しお付き合いの程を。

 上掲の写真は、数年前帰郷した際にそこらの林に入って撮影した野生のミツバだ。春から夏にかけていつでもいくらでも採れたので、おひたしや和え物、お吸い物の具などに使う際に採ってくるのは俺の仕事だった。だからまさかこれに金を払って買うことになるなんて夢にも思っていなかったし、大人になってからスーパーで売ってるのを見かけた時には仰天したものだ(笑)。今考えて見れば正月の雑煮とかにも入っていたので、山で採れない季節には店で買っていたのだろうが、そこまでは気が回らなかった(笑)。最近はエキノコックス症に感染する恐れがあるので、昔のように食べるのはちょっと抵抗があるんだよね。
 以前ご紹介したエゾブキ(参照:気分はすっかりコロポックル ── エゾブキのある光景)に加えてミツバやウド、そしてアイヌネギ(ギョウジャニンニク)は故郷の四大山菜だった。もちろん、この他にもワラビ、ゼンマイ、コゴミ(クサソテツ)などのシダ類やミズ(ウワバミソウ)、ヨモギ、セリボリボリ(ナラタケ)やラクヨウ(ハナイグチ)などのキノコ類などもよく採った。もちろんヤマブドウやコクワ(サルナシ)やノイチゴ、キイチゴ類も採ったが、これらはワイルドフルーツだから本来は「山果」とでも呼ぶべきもので「山菜」と一緒くたにして呼ぶのはどんなものだろう(笑)。もっとも当時は「山菜」などという洒落た言葉を知るよしもなかったので、特にひと括りにした呼び名などはなくそれぞれの名で呼んでいた。ミツバはあまり陽の射さない山林で、エゾブキは沢筋や山道の脇など至るところで採れたし、ウドは日当たりのよい斜面に多く、アイヌネギは少々山奥に入らなければならなかったが子供でも普通に見つけて採集できた
 ウド(山ウド)は草本なんだけど、実はタラノキの仲間だ。柔らかくよい香りがしてしゃきしゃきとした食感もよく、甘めの酢ミソ和えにすると大変美味で子供の頃から大好物の一つだった。もっとも「ウドの大木」の例え通りに、旬を過ぎるとたちまち2m近くに成長して茎も木のように固くなってしまうので、とても食用にはならなかった。ウドも内地へ出て来てからスーパーで売っているのを見かけて、懐かしさのあまりつい買ってしまった。しかし、白くてやわらかく香りもほとんどしない缶詰のアスパラガスのような食感だった。調べてみたら「ウドのもやし」とでもいうべき栽培もので山ウドとは似ても似つかぬものだった。
 アイヌネギは、北海道全般でもっとも人気のある山菜の一つで、地元では誰も「ギョウジャニンニク」などと正式名で呼ぶものはいない。というか、アイヌネギが正式名だと思っている人が大半だろう(笑)。初めて採集に連れて行ってもらった時は、スズラン(実は毒草)と間違えないように大人から実地指導を受けたことを覚えている。葉が似ているだけではなく、時として同じところに生えるので実に紛らわしいんだよね(笑)。現実に誤食事故も後を絶たないだけど、どちらも独特の強い芳香を有しており、それゆえに一度覚えてしまえば識別は決して難しいものではない。というか、あの匂いをどうして間違えるかなと思う(笑)。最初は強いニンニク臭が嫌であまり好きにはなれなかったが、何度も食べるうちに次第にその美味さがわかるようになった。飲んべえの親父が酒の肴としてアイヌネギに目がなく、俺も自分で酒を飲るようになった10代後半頃から一緒に肴として食べるようになった(笑)。卵とじおひたしテンプラにすると美味い。もちろん、先に触れたように酒の肴としても最高の一品だ。

ウドギョウジャニンニク(北海道穂別産の天然物)ウド(左)とギョウジャニンニク(右)
出典(写真左):「ウド」(2019年5月3日 (金) 02:56 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス あおもりくま氏を著作者とするこの作品は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 3.0 非移植 ライセンスのもとに利用を許諾されています。
出典(写真右):「ギョウジャニンニク」(2019年3月16日 (土) 13:50 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』
public_domain_logo Carbon氏を撮影者とするこの作品は パブリックドメインとして著作権が放棄されています。

 こういう記事を書いていると強い望郷の念に駆られる。まあ、今の仕事はどうしても東京に近いところにいなければならないということはないし、少しでもしーちゃんとの想い出に近いところにいられるし・・・。「思い切って帰ろうか」「いやいや、このぼけーっとした本州の気候に慣れきった今のお前が、あのシバレに耐えられると思ってるのか」なんて声も聞こえたりするんだが、そんなことを思う今日この頃である。どうしても話を、酒を飲みたくなる方向へ持って行ってしまうんだよね、最近は(笑)。

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Today is My Moment, Now is My Story ── いいじゃないの、今がよけりゃ

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さえき奎(けい)
ある飛翔(その16)「ある飛翔(その16)」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f16, 1/125sec., ISO400, WB:Daylight
大楠をかすめて別の飛行機雲と交差しようとする夕映えの飛行機雲。大楠の上には高層雲の尾流雲も見える。

ある飛翔(その17)「ある飛翔(その17)」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f11, 1/60sec., ISO400, WB:Daylight
夕映えの飛行機雲が広がって波状巻積雲に変化している。

 何か忙しい一日だった。朝はそうでもなかったのに、あれよあれよと思う間にバタバタと忙しくなって、いつもなら午後5時過ぎに飲っているはずの仕事上がりの一杯を飲り始めたのが9時過ぎだった。少しづつ生活のリズムが狂って来ているのがわかるんだけど、どの時点でどういう風にこのトレンドを変えるかってのが、サラリーマンやってた時代からの未だ答の出ない重要課題なんだよね(笑)。
 明日は所用でちょっと遠出をしなきゃならないんだけど、出先の近くにある贔屓の店で「チャーシューメン大盛り+ライス」を食べてやろうと思っているんだよね。それだけが楽しみで今日を頑張った(笑)。何故かというと、みなさんの「食べました」レポートに触発されちまったということなんだよね。自分で発端となった記事を書いておきながら「もしかしたら、食ってないのって俺だけ?」みたいなさ(笑)。俺の定番チャーシューメンもいいんだけど「五目汁そば」もライスに合うんだよなあ。どっちにしようかと前日からあれこれと悩むのもまた楽しみなんだよね(笑)。
 6月も余すところ一日だけとなった。まあ、現世に生きる人間に平等に与えられているはずの一日24時間、1,440分、86,400秒なんだけれど、ジャネーの法則(筆者注:生涯のある時期における時間の長さは、年齢の逆数に比例するように感じられるという法則)が「想定外の速度で適用されてしまった」なんてことはしばしば起こるよね(笑)。ある日気がついたら周回遅れになっていたりとかさ(笑)。「敵は仮すべからず時は失うべからず」とか「時は得難く失い易し」とか「歳月人を待たず」とか、先人達が残した教訓が古今東西山のように残っているということは「今日を頑張って生きる」ということがいかに難しいかという証でもあるんだろうね。で、何が言いたいかというと、明日は頑張って何が何でも「チャーシューメン(または五目汁そば)大盛り+ライスを食う」ということが喫緊の最重要課題だということなんだよね(笑)。
 あ、駄目だ。なしてかな? 何を書いているんだかわからなくなって来たんだべや。晩飯用意するのもめんどくなって来たんだけど、これは危険信号かも知れないっしょ(笑)。釧路の「さんまのひつまぶしのお茶漬け」でさっさと片付けてしまおうなんて、そんなことを考えているんだべや。まあ、それでもいいんでないかい(笑)。




オーイ雲よ風よ飛行機よわたしに夢のひとひらなりと (大湯邦代*




出典:大湯邦代著 『櫻さくらサクラ』所収 (コールサック社 平成29年/2017年刊)
* 筆者注:「邦」の実際の漢字は、偏の最上段の「よこ」線が「左はらい」となり「月はらい」がその上に突き出ていない異体字(「戸籍統一文字」に於ける「俗字」)である。

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雨よ降れ風よ荒べよ ── ナノスケールな擾乱を撮ってみた

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さえき奎(けい)
雨よ降れ風よ荒べよ(その1)「雨よ降れ風よ荒べよ(その1)」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f11 1/250sec., ISO100, WB:Daylight
雨よ降れ風よ荒べよ(その2)「雨よ降れ風よ荒べよ(その2)」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f11, 1/250sec., ISO100, WB:Daylight
雨よ降れ風よ荒べよ(その3)「雨よ降れ風よ荒べよ(その3)」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f11, 1/250sec., ISO100, WB:Daylight
雨よ降れ風よ荒べよ(その4)「雨よ降れ風よ荒べよ(その4)」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f16, 1/250sec., ISO100, WB:Daylight
 昨夜は、元へ、今日の未明は例によって寝落ちしてしまった。慌てて布団に潜り込んだんだはいいが、外は時ならぬ嵐で、稲妻が光り雷鳴が轟いて全然眠れない。窓が明るく紫色に輝いて、何かの映像ショウでも観ているようだった(笑)。で、結局眠りについたのは午前6時過ぎだったと思う。まあ今日は日曜だからいいんだけど、こういう生活の歪みとズレの蓄積がヤバいんだよね。わかってるんだけどさ(笑)。
 上掲の四葉の画像は、数日前に撮影した「漏斗雲」っぽい雲の画像だ(笑)。これが発達して地上まで達すると目出度く「竜巻」ということになるんだけど、この程度のごくごく小さな「擾乱」は乱層雲などでは普通に起こっているんだよね。
 さて、将棋のヒューリック杯棋聖戦五番勝負第二局は、挑戦者藤井七段が中盤から優勢となり、そのまま90手という短手数で圧勝して棋聖位獲得まであと一勝となった。中盤で藤井七段が指した△5四金は歴史的な妙手になるかも知れない。藤井七段の殺害予告の電話があるなど騒然とする中で、冷静に勝利を収めたことは称賛に値すると思う。ここまで来たらストレートで棋聖位を奪取してほしいと思う。
 また、藤井七段は、今対局で初めて羽織袴の正装で対局した。これは、師匠の杉本昌隆八段からプレゼントされた一式だそうだ。初陣の若武者のようにとてもよく似合っていた。将棋界では、タイトル戦や決勝戦などは羽織袴の正装で対局することが慣例になっている。女流棋戦のタイトル戦でも同様だ。いかにも将棋棋士らしい素晴らしい伝統だと思う。囲碁の世界では、タイトルホルダー、挑戦者とも背広姿の対局が普通で和装は少数派だ。その昔、文壇における将棋の実力者としても知られた作家山口瞳氏は「囲碁棋士はビジネスマン、将棋棋士は武士のようだ」と評したことがあった。どちらがよいとか悪いとかいう問題ではないが、言い得て妙だと思う。このよき伝統を、いつまでも守り続けて行ってほしいものだ。
 この後には、棋聖戦五番勝負と並行して王位戦七番勝負も控えているが、心からエールを送りたいものだ。





雨よ降れ風よ荒べよしなやかにしないしないて天つ国まで



二日酔い宿ふつか酔いとの違いなど思いあぐねて頭じんじん






出典:大湯邦代*著 『櫻さくらサクラ』所収 (コールサック社 平成29年/2017年刊)
* 筆者注:「邦」の実際の漢字は、偏の最上段の「よこ」線が「左はらい」となり「月はらい」がその上に突き出ていない異体字(「戸籍統一文字」に於ける「俗字」)である。

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酒は消える、ボトルは残る ── 記憶は消える、後悔は残る

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さえき奎(けい)
A Message from Clouds
"A Message from Clouds" Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f16, 1/500sec., ISO100, WB:Daylight
 我が家の猫の額ほどの庭に生えていた三本の桔梗草は、一本だけ茎の先端に二、三輪の花をつけただけで他の二本は一向に咲く気配すらみせない。枯れたのかと思うと、どうやらそうでもなさそうだ。野草の世界にもいろいろ複雑な事情があるんだろうな。忘れないように種を採っておかなきゃね。一応Googleカレンダーに入れとこうと思う(笑)。
 さて、春先から仕事終わりの一杯(本当は5杯くらいだが)をモヒートもどきにしてから、ホワイトラムの空きボトルがどんどん溜まり出して来た。芋焼酎「紫薩摩富士」のチューハイを飲っていた頃は紙パックだから全然問題じゃなかったんだけど、ガラスのボトルは溜まりだすと早い。たちまちけっこうなスペースが空きボトルで占有される状況になった(笑)。俺のところの街って、瓶・缶は月に一度の日曜日早朝に集積場まで持って行かなきゃならんので、この機会を逃したりするとけっこう厳しい状況になるんだよね(笑)。そこで、1800ml入ったペットボトルのホワイトラムに代えてみることにした。不思議なことにホワイトラムって、720mlのガラスボトルだろうが、1800mlのペットボトルだろうが、単価的にはほとんど変わらないんだよね。小容量より大容量商品の方がお徳用になっているというのが一般的常識だと思うんだけど、ホワイトラムには何か事情でもあるんだろうか。まあ、そんな訳でコスト的にはあまりメリットはないんだけど、増殖しつつある空きボトル対策のためにやむなく1800ml入りのペットボトルを2本オーダーしてみたんだよ(笑)。でかくて重いからグラスに注ぎにくいだろうし、下手したらグラスを倒したりしたりなんてドジもやらかしそうなので、その対処法も考えとかなきゃならん。こいつは忙しいことになりそうだ(笑)。
 さて今夜の夕餉は、札幌の有名カレー店「D」からお取り寄せした「骨付きチキンカレー」を食してみようと思う。ご飯も少し硬めに炊いておいたし、俺はカレーの場合は福神漬けじゃなくて「沢庵の刻み醤油漬け」の方が好みなんで、もちろんそれも用意してあるし、酒は軽めの赤ワインかカヴァにしようかな。楽しみだ。




飲みません悲しい酒はひた黙しひたすらあなたの杯を空かさじ (大湯邦代*




出典:大湯邦代著 『櫻さくらサクラ』所収 (コールサック社 平成29年/2017年刊)
* 筆者注:「邦」の実際の漢字は、偏の最上段の「よこ」線が「左はらい」となり「月はらい」がその上に突き出ていない異体字(「戸籍統一文字」に於ける「俗字」)である。

 切なく胸に沁みてくる一首だ。俺は一体何度これをやらせたことだろう・・・。

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梅雨晴れの一日は、何かとうれしくもあり忙しくもあり

8 Comments
さえき奎(けい)
存在を主張する積雲「存在を主張する積雲」 Canon EOS 5Ds R, EF24-105mm F4L II IS USM, f11, 1/500sec., ISO100, WB:Daylight
 今日は明け方から陽が射したり翳ったりを繰り返していたが、9時過ぎくらいから本格的に晴れて来た。まあ、予報通りといえば予報どおりなんだけど何だか気持ちも弾んで、大した雲も出ていないのにカメラを持ってベランダに出てみたりする(笑)。そうすると、南のソラの積雲の雲頂に雲塊がせり上がって来るのが見えた。もう何度も書いたと思うが、積雲ってやつは上にも下にも横にも突起を出したりするので、油断がならない雲なんだよね(笑)。もしも、これが火山なら「溶岩ドーム」とか「溶岩岩尖」なんて現象なんだろうけど、こういう風に雲塊として突出して来ると、何か面白いことでも起こりそうな予感がするじゃないか。そんな期待に反して、わずか二、三分、数カット撮っているうちに消えて行った。いつものことなんだけれど、雲って、忙しくて儚いやつなんだよね。
 6月22日、沖縄県石垣市が行政区域として管轄する尖閣諸島の住所地を「石垣市登野城(とのしろ)」から「石垣市登野城尖閣」に変更する議案を可決した。日本人なら誰が考えても至極当然にしか思えないこの議案は、石垣市議会本会議において反対する革新系市議らの激しい野次と怒号の中で採決されたそうだ。このパヨク市議らは「近隣諸国との関係が悪化する」「中国だけでなく台湾もカンカンだ」なんてことをほざいていたらしい。シナの公船(もはや駆逐艦といっても過言ではないレベルの戦闘艦)は連日尖閣諸島周辺海域を遊弋し、しばしば領海を侵犯している。先月には、尖閣諸島周辺の領海内で操業していた与那国町漁協所属の漁船を追尾・威嚇した行為をこの連中はどう考えているんだろう。俺は、この議案に対して(単に反対するだけなら百歩譲ってまだわかる)激しい野次や怒号で反対する理由が全くもって理解できない。日本人なら疑問の欠片すら抱きようがない議案がそこまで気に障り、感情露わに野次や怒号を飛ばす人間が日本人であることが信じられない。連中のどす黒い腹を掻っ捌いて、その本心と本音を白日の下に晒してやりたい。
 この漁船追尾事件に対し、沖縄県の玉城デニー知事は、5月31日の記者会見で「中国公船がパトロールしていることもあるので、故意に刺激するようなことは控えなければならない」との見解を示したそうだ。つまり「悪いのは故意に中国様を刺激した自国の領海内で操業中の漁船の方だ」と・・・こいつは馬鹿か(知ってるけど)! 刺激しているのはどっちだ? 自分の畑で収穫作業中の家族が、ドスを持った隣家のヤクザに「ここは俺の土地だ。出て行け!」などと追いかけ回されているというのに、悪いのは自分たちだというのか? しかも、この発言が沖縄県ではまるで問題にされていないということに、俺は激しい憤りと絶望感を覚える。既に「媚中」なんてレベルはとうに越えて、シナに対するあからさまな忠誠心を隠そうともしないんだよね。一刻も早く米軍を追い出して、人民解放軍に来てほしいなんてことを本気で夢みているんだろうな。こいつだけじゃない。こいつに投票した県民もさっさと北京へ(武漢でもいいけど)行って帰化申請すりゃいいだろうと言いたくもなる。但し、お前らが目論んでいる尖閣諸島や沖縄本島の朝貢だけは論外だからな。行くなら身一つで行けよ。さっさと行って、身も心も堂々たるシナ人になりゃあいいじゃないか。まあ、習近平はさぞかしほくそ笑んで、心の中でこういう「忠義者」をあざ笑っていることだろう。シナ人が最も軽蔑するのは「裏切り者」だからさ。
 閑話休題。今日は蒸し暑かったので、晩飯はざる蕎麦にすることにした。夕方にその副菜として納豆入りの厚焼き玉子を焼いておいた。一口に厚焼き玉子というけれど、いろいろテクと経験が必要なんだよね。ネギ入りとかカニカマ入りの厚焼き玉子ならそれほど難しいことはないんだけど、納豆入りはけっこう難しいんだよ。ウソだと思うならやってみるといいよ。まず上手く巻けないからさ(笑)。え、そんな下手物の厚焼き玉子なんてやらないってか? うーん、何て可哀想な人なんだろうと言っておくことにする(笑)。納豆と卵焼きはすごく相性がいいんだよ。こんな美味いものを知らないなんてさ(笑)。

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